第10話 バカの独り相撲 〜ワルター視点〜
王は容認する様なので、ワルターもその流れに便乗して乱入者に言葉を向ける。
すると彼・マーチリー子爵は自信満々な顔でこう言った。
「そんなもの、事前に示し合わせていればどうとでもなる話ではないですか。一体どんな取引をしたんだか」
その声に、ワルターがピクリと反応した。
「――ほう? つまり子爵は、この私が侯爵との間に大っぴらに取引をしたと仰りたいのか」
この私が。
それはそれは、侮られたものである。
そんな風に、怒気を乗せて強く笑う。
「上位貴族を相手にして、一体どの様な好条件を出したのか。気になる所ですな、オルトガン伯爵?」
なるほど、実に浅はかな人間だ。
調子に乗った1人の男を前にして、ワルターは冷めた目で彼を見る。
宰相と同じく、彼も『保守派』の人間だ。
だからなのだろうか、まるで「勝利は既に確約されている」と言わんばかりの自信である。
(この男、大方「どうせ勝てるのだから、少しくらい私を貶めて楽しんでもバチは当たらんだろう」とでも思っているのだろうが……)
どうして所属派閥一つで、こうもこの勝利を確信する事が出来るのか。
心の底から不思議でならない。
ここには王族として発言できる『保守派』の神輿・第二王子とその母である側妃が居る。
場を仕切る立場の宰相も『保守派』だし、そもそもこの件は召喚された時点で『革新派』であるグランに不利な状況だった。
しかし今はどうだろう。
グランの潔さとワルターの主張によって周りの考えを傾けて、大腕を振って援護射撃が出来る立場の宰相だって口をつぐまざるを得ない状態だ。
子爵はそれらが見えていない。
そして変わりゆく状況を追えない彼など、ワルターの敵では無い。
「大変不快な物言いだがまぁ、それは今は置いておきましょう。敢えて貴方の土俵に上がったとして……『屁理屈』と『示し合わせ』ですか? 確かにそう思えなくもない」
そう言って、鼻で笑う。
実際に、ワルターがここまで武器にしてきた物は、ある程度の『屁理屈』と『示し合わせ』を孕んでいる。
その自覚がワルターにはある。
しかし一体、何がいけないのだろうか。
対外的に説明可能な筋道をつける事も、交渉し譲歩を引き出す事も、れっきとした社交の一部だ。
忌み嫌わなければならないのはあくまでも、何らかの形で相手に何かを強制したり、不当な手段を講じる事だ。
それを踏まえた上で、ワルターは言う。
「しかしそんなのは、それこそ今回の召喚も同じ事でしょう?」
それは挑発みたっぷりの言葉と言い方とだった。
すると子爵は思った通りの噛みつき方をしてくれる。
「なっ! 貴殿はこの場を、陛下が『屁理屈』と『示し合わせ』で作ったとでも言いたいのですかっ!」
「『陛下が』などとは一言も言っておりません。しかし、社交界の噂が沈静化してきた今になってのこの召喚。誰かが『屁理屈』と『示し合わせ』を行った可能性は十分に存在するでしょう」
その可能性は、絶対に「ゼロだ」とは言えないのだ。
それこそあちらの主張をこちらが「あり得ない」と封殺できないのと同じ様に。
ワルターの声に、室内からポツリポツリと賛同のような声が漏れ聞こえてくる。
曰く「俺も確かに『今更?』とは思った」とか、「やはり誰かの思惑が絡んでいるのか」とか。
おそらく、その答えを知りたい人間は決して少なくないだろう。
「私個人としては、この件についても是非糾弾したい。しかしここでそれをしなかったのは、物的証拠を提示できないからです」
夜会やお茶会ではいざ知らず、この場で憶測は何の力も持ちはしない。
そのことを理解出来ていない者程、愚かしく滑稽なものはない。
「本件が『王族案件』ではないという物的証拠は、先程提出した証文と行った説明で十分に出来ていると自負しています。それを『否』と突き返すのなら、貴方は同じく物的証拠でそれを示さねばならないでしょう」
つまりワルターが言いたのは「いい加減見苦しい言い訳は辞めてくれないか、時間の無駄だ」という事である。
しかし子爵は馬鹿だった。
ほくそ笑んで、胸を張ってこう言い放つ。
「そんな姑息な言い逃れができない様にする為に、この私が今ここに居るのではないか」
「つまり貴方自身が証拠、否、承認だと?」
「そうだ!」
まさか本当に証人として立つとは思わなかったがな。
そう言って、彼はフフンと笑ってみせる。
ワルターは「バカも、ここまで来るといっそ賞賛したくなるな」と心の中で思ってしまった。
だってそうだろう。
この男は自身の証言がこの場で効力を発揮すると思っているのだ。
王族を前にした審議の場で、たった1人の子爵の言葉が。
口先だけの言い訳なんて王族の鶴の一声で簡単にひっくり返る。
それが分かっているからこそ、ワルターはわざわざ物的証拠を揃えて周りに理解を求める形で味方にしたのだ。
それに気付かず今更言葉を証拠だと言い張るのだから、これほど呑気な事も無い。
いっそ清々しいまでの、状況の見えやさ加減。
それを目の当たりにして、あまりの頭の弱さにむしろ少し感心してしまう。
しかし、そろそろ飽きてきたし時間も有限だ。
よし、強制的に畳んでしまおう。
そんな気持ちで、わざとらしくため息を吐く。
「見た・見ない、した・しないというのは結局のところ、水掛け論でしかありません。物的証拠とその様な曖昧なものを天秤にかけるなど、土台無理な話だという事が貴方には分からないのでしょうか?」
「んなっ!」
「だってそうでしょう? 法的根拠のある証文と、法的根拠の無い証言。それらを天秤にかけた時、陛下は後者を信用すると貴方は思っているのでしょうが……」
ここまで告げた時、ワルターの瞳からは既に呆れが消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます