第11話 ワルターに死角無し 〜ワルター視点〜
残ったのは、阿呆を見下す冷たい瞳。
何故分からないのか。
そう問いかける瞳だった。
「それは結局、陛下を『正当な判断も出来ない愚かな王だ』と言っているのと同じなのですよ」
だって、両者の信用度の差は誰の目から見ても明らかなのだから。
あちらが最初から張り合う気なら、例えば証言者を10人ほど集めて連名で証言する証文を作る必要がある。
それでやっと信用度は対等だ。
しかし、作るのは証文だ。
法が絡んでくる為、作る以上は虚偽は絶対に許されない。
虚偽があった場合、例え本人に騙す意図が無かったとしても決して軽くはない罰則の対象になる。
そんな重い制約に、一体どれくらい体を張る者が存在するのか。
『革新派』の重鎮という大物の首取りだ、流石に0とは言わないが、逆に10人という数が集まるとも思えない。
「それにそもそも自身の言葉が証文よりも強いなど、証文を軽んじているのと同じです。それは即ち、チェック機関である法務部と王族の方々を軽んじるのと事だとなぜ分からないのか」
そこまで指摘されてやっと、マーチリー子爵はハッとした。
違うのだと言いたげな目を王に向けるが、王どころか宰相の顔さえひどく険しい。
でしゃばった挙句口で負けて、その上王からの評価を落とし宰相からも切り捨てられた。
その事をやっと理解して、マーチリー子爵はガクリ肩を落とす。
そんな彼から視線を外しつつ、ワルターは「ここまで負かせば当分は恥をかかされた意趣返しなどで絡まれたりはしないだろう」と息を吐く。
きちんと叩いておかないと、こういう輩はまたすぐに出てきてちょっかいを出す。
オルトガン伯爵家の「やり返して良い」という方針は、正にその面倒を減らす為の物なのだ。
心の中で「ふぅ」と一息付いていると、今まで黙りこくっていた宰相が光明を見つけたと言わんばかりにニヤリと笑う。
「確かに子爵の言には法的根拠は何一つ無い。明らかな準備不足だな。だが、法的手続きをしたなら、万が一にもそこに不正があってはならないだろうな……?」
なるほど。
つまり宰相は、この件に関係する不正を炙り出そうとしている。
まるで手にとる様に、そんな思考が読み解けた。
だから言ってやる。
「徹底的に調べていただいて、結構ですよ」
口裏を合わせた証拠などすぐに出てくるとでも思っているのか、出てこなくても問題ないと思っているのか。
どちらにしろ宰相という地位があれば、証拠を捏造するくらいの事は容易に出来る。
しかし、絶対にそんな隙は与えない。
(後でしたり顔を向けられると面倒だからな、突っ込まれそうな所は先に全て言っておくか)
そんな風に考えてから「では少し先に補足説明を」と、ワルターはゆっくり口を開く。
「実はその証文、承認されたのは昨日ですが、雛形自体は騒動の1週間後に一度作って法務部に確認しています。記録も残っているでしょう」
そう。
ワルターは当初、この件が『王族案件』になる可能性を考慮して既に和解文書の下書きを書いていた。
本当は、証文の下書きを前もって見てもらう必要など無い。
それでもわざわざ「法務の観点から不備が無いか見てほしい」という理由を付けてまで記録が残る方法で内容の確認・指摘をしてもらった理由は幾つかある。
一つ目は、もちろん記録に残す為。
「勿論ご存知かと思いますが、この記録は公的記録の一部です。この証文が決して付け焼き刃などではなく以前から準備していたものである事は明白です。因みに、法務部長に見ていただきました」
その一言で、傍聴者たちの視線がとある一点へと集まる。
その人こそ、現在法務部長の椅子に座っている人だ。
彼が仕事に厳格だというのはとても有名な話なので、「うんうん」と頷くその人を疑う者は誰も居ない。
そして、そんなこの状況でわざわざ該当部分の記録を弄るなんて悪手はしないだろう。
(目標達成のための手段は選ばない人だが、だからといって無意味に反感を買う事は好まない。宰相はそういう人だ)
そんな風に彼を分析する。
二つ目は、本承認時の時間短縮の為。
「提出日は一昨日で、昨日王族承認まで行きました。かなりスムーズに承認された事を疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、既に下書きを一度読んでいます。文言の変更もほぼありませんでしたので、法務部のチェックが早く完了したのでしょう」
つまり下書きを見てもらう事で、法務部に「近くこのような主旨の証文発行を依頼するかもしれませんよ」と予告していた。
だから「あぁ先日のアレね。うん、内容の変更も無いしオッケーです」となった訳だ。
これは一つの根回しで、証文の受理速度を早める為に行う事は珍しいが、社交場や各部署同士を行き交う文官仕事ではよくやる手である。
身近な手なので、提出から承認までがあまりにスムーズ過ぎる理由としては、周りも納得しやすいだろう。
「チェックした記録と共に、下書き時と今回の文章はきちんと法務部に残されている筈です。それらを読み比べれば、文言の変更が無かった事はご確認いただけるでしょう」
紛失も間違いもあり得ない。
この国の法の番人だ、そのぐらいの厳重さま厳正さも存在している。
通常ならば、そこに何かを潜り込ませたり逆に廃棄させたり出来る余地は無い。
しかし相手は宰相だ。
そして、いくら厳重で厳正な部署だとしても、所詮そこで働くのは『人』なのである。
権限やツテや圧力をフル活用すれば、改竄も決して出来ない事なんかではない。
しかし、それならそれでいい。
(その時は、不正の事実を暴くだけだ)
ツテならばワルターだって持っているしら相手が『その気』なら受けて立つ気概だってある。
多少労力は掛かるだろうが、ワルターにとってはただそれだけの話でしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます