第12話 どこかの騎士物語と晴天 ★



 そうしてセシリアは、彼女が自分達の『最期』を告げるのを待った。

 しかしセシリアのその淑女精神が、彼女自身を救い上げる。

 

「最初はそんな風に思いました。しかし後で『違う』と気が付きました」


 気のせいだろうか。

 そこには何だか後悔が乗っている気がした。

 

 気のせいだなんて事は分かっている。

 それでもそこに一度一縷の望みを見てしまったら、どうしたって期待してしまう。

 

 だから、ゆっくりと瞼を上げた。

 そして見つける。

 

 真実後悔と懺悔に彩られた表情を。


「セシリア様の言葉は、確かに厳しくはありましたが同時に正しいものでした。そう気付いてからは自身の酷く落ち込んで、諦めて……」


 見れば分かってしまう。

 だから見たくなかったのに、その表情は本物だった。


「でも、もしもその過ちを正す機会を与えていただけるのならっ!」


 目の前のテレーサは、両手をギュッと握り締めて、一度言葉に詰まっても「しかしそれでも」と言いたげに言葉を紡ぐ。


「もう一度……もう一度私と『対等』なお友達になっていただけませんかっ?!」


 不安と恐怖と後悔と懺悔と。

 そんな感情が渦巻く彼女の、一体どこを疑う必要があるのだろうか。



 そこにはもう、空虚な彼女はどこにも居なかった。


 目が、言葉が、握り締めたその手が、彼女の本心をダイレクトに伝えてきてくれる。


 ただ貴女と、仲直りがしたいのだと。


 

 セシリアは、今になって初めてテレーサが本気でセシリアとの『対等』を大切にしてくれているのだと理解した。


 そして、そんな彼女にこちらも誠意を示さねばならないとそう思った。



 限界まで涙を溜めたルビーの瞳に、セシリアのペリドットはどうしたって引っ張られる。


「わ、私こそ……私こそ、もう一度そういう関係が望めるのならっ!」


 涙に揺らいだペリドットが、本心を携えてルビーと交錯した。



 セシリアがここまで感情的になったのは、少なくとも社交場では初めての事だった。

 そんな彼女の感情の発露を目の当たりにして、テレーサは少し驚いた顔で受け取り――そして受け止める。


「……よかった」


 振り絞った勇気の分だけ、テレーサの安堵は深かった。

 そしてそれを聞いたセシリアの心も、同じ分だけ安堵した。


 2人して涙目のまま息を吐き、そして互いに顔を見合わせる。

 そして、どちらともなくクスクスと声を上げて笑い出した。


 そして、互いにその笑いが収まった頃。


「……では、仲直りしませんか? セシリア様」

「はい、テレーサ様」


 2人はこうして、互いに仲直りの握手を交わす。

 そしてその後は、溜まりに溜まった話題を2人して片っ端から話し始めた。



 いつもの制限時間を大幅に超えて、2人は互いに話をした。

 そして丁度それが途切れた時、テレーサがこう漏らす。


「……あとでレガシー様とクラウン様にもお礼を言わねばなりませんね」

「レガシー様と、クラウン様、ですか?」


 何故その名前が今出てくるのか。

 そんな気持ちで首を傾げると、テレーサはクスクスと楽しそうに笑ってみせる。


「実はお二人、この件で共同戦線を張っていたそうですよ?」

「えっ、あのお二人が……?」


 テレーサのその言葉に、セシリアは素で驚いた。

 

 クラウンとレガシー。

 セシリアが知る限りでは、この2人に直接的な接点は少ない。


 確かにクラウンに対しては、近頃レガシーも比較的慣れてきていた様に見えた。

 しかし、そもそもセシリアを交えていない限り他人とまともに話が成り立たない彼が、クラウンと共同戦線を張ったという事実にビックリだ。


 しかしテレーサが嘘を言うとも思えない。

 おそらくは事実なのだろう。


「私、最初は『きっともうセシリア様には許してもらえない』と思って、謝る事に尻込みしていたのです」


 少し照れた様なテレーサの微笑みに、セシリアも同じ様な顔になる。


 彼女も自分と同じ様な気持ちでいた。

 その事実が、何だかとてもセシリアをくすぐったくさせる。


 そんな彼女に、テレーサは「しかし」と言葉を続ける。


「クラウン様に『セシリア嬢が落ち込んでるみたいだ』と教えていただき、それでやっと勇気が出たのですよ」


 それを聞いて、知らなかった2人の心遣いに指先が触れた気がした。

 すると同時にジワリジワリと喜びを伴ったむず痒さがやってくる。

 

 しかしそれもすぐに消えた。

 テレーサの思い出し笑いが遮ったからである。


「レガシー様から伝言ゲームが始まって、話がクラウン様に渡り私へと回ってきたらしいのですが……ほら、私とクラウン様って普段接点が無いでしょう?」


 フフフッと笑いながらのその声に、セシリアは素直に頷いた。

 

「お二人とも敵対派閥のキーパーソンの子息と令嬢ですものね」


 そう言う関係性の場合、全く接点が無いのは当然だ。

 むしろそんな物があったとしたら極端に仲が悪い間柄になっただろうから、無いだけ平和な関係性だ。


 そう伝えると、彼女は笑いながら「えぇ」と応じる。


「だからクラウン様が私に『2人で話したい事がある』と仰った時、少し周りが騒がしくなったのです」

「まぁ、そうでしょうね……」


 後から話題の内容を考えれば、確かに2人で話さねばならない事ではある。

 しかし、知らずにそう言われれば、確かにザワリとするだろう。

 

 そんな風に、まるで他人事のように思う。


「中でも私の取り巻きの子たちが特に過剰反応してしまって。でもね」


 そう言って、テレーサは口元を隠してクスリと笑った。


「その時に、堂々たる姿でクラウン様がこう仰ったのです。『モンテガーノ侯爵家の名に賭けて、テレーサ嬢を決して傷付けない事を此処に誓おう』、と」

「それはまた――」

「えぇ、まるで絵本の中の騎士の宣誓のようでしょう?」


 セシリアの苦笑にテレーサがした例えは、確かにセシリアの思うところと同じだった。


 最近の彼を知っていれば、彼がしゃんと胸を張り真顔で高らかに宣言するその姿が、実に容易に思い浮かぶ。


「それはさぞかし異論は挟めなかった事でしょうね」

「えぇ、あんなにも堂々と宣言されれば」

「それは私もちょっと見てみたかったですね」


 ここには居ないその人を揶揄う様にそう告げれば、テレーサが「是非とも見ていただきたかったです」と、セシリアと同じような調子で答える。


 

 しかし、そんな空気もすぐに収まった。

 和やかな表情を作り、彼女は告げる。


「しかしクラウン様からのあの後押しが無ければ、もしかしたらセシリア様と仲直りする勇気が出なかったかもしれません」

「――そうですね、あの2人には、後できちんとお礼を言っておかなければ」

「はい」


 そんなやり取りをしていれば、まるでそれを天が肯定するかのように、柔らかな風が2人の頬を撫でていく。


 その風に口角を緩めながら、セシリアは想いを馳せる。


(さて、お礼は何が良いかしら)


 2人が喜びそうなものを脳内で幾つか見繕いながら、セシリアはゆっくりと視線を上げた。


 頭上には、まじりっけの無い青が広がっている。

 それはまるで、自らの心の様だった。






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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991867116


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