第10話 合わさる拳 ★



 そんな気持ちを込めてレガシーを見遣れば、彼は何なら困った様な顔になっていた。


「……テレーサ嬢の事、セシリア嬢はわりと気に入ってるんだと思う」

「うん……?」


 彼から告げられた言葉に、クラウンは肯定とも疑問とも取れる言葉を返した。


 セシリアが彼女に、他の令嬢・子息と比べて一段上の感情を抱いているんじゃないかという事は、遠くからその様子を何度かチラリと見たクラウンにも何となく分かっていた。

 しかし、どうして今彼がソレを持ち出したのかが分からない。


 しかしレガシーは、次の一言でその答えをくれた。


「じゃなきゃぁきっと、仲直りできない自分に、あんなに落ち込んだりしないと思う」


 告げられた言葉に、クラウンは一体どこから驚いて良いか分からなくなった。

 

 例えば「あのセシリアが落ち込んでいたのか」とか「『あんなに』って、どの程度か」とか。

 しかしそれ以上に気になったのが、この話題の主軸にも関わる事だった。


「『仲直りできない』ってどういう意味だ……?」

 

 社交オバケなあのセシリアが、どうやら「仲直り出来ない」と思っているらしい。

 そう思えば、その裏に一体どんな大問題が書かれているのかが、クラウンは気になった。


 しかし、そんな彼にレガシーが何故か首を横に振る。


「そんな大問題じゃ無いんだ」


 どうやら余程、思っていた事がそのまま顔に出ていたらしい。

 彼はクラウンの懸念を言い当てた上で、まずは否定した。

 そしてその上で「無いんだけど……」と歯切れ悪く言葉を続ける。


「その……『どうすれば仲直り出来るのか分からない』らしくて」

「……は?」


 思わず口から疑問が出たのは、それがあまりに彼女のイメージにそぐわない答えだったからだ。

 

 だってあの彼女である。

 いつもしゃんとしていて凛としていて、大人とさえ渡り合っている、所作だって礼儀だったほぼ完璧な、あの彼女である。

 

 それが『仲直りの仕方が分からない』……だと?

 あまりに予想外すぎて、目を丸くする他無い。



 そんな気持ちで驚いていると、彼が「やっぱり驚くよね?」と言いたげな目を向けてくる。

 そして、視線を落とす。


「でもね、彼女が言ったんだ。『もしテレーサ様が家の為や派閥の為で仲直りをするくらいなら、いっそ仲直りなんてしない方がマシだと思うのです』って、悲しそうに笑いながら」


 そう言って、レガシーもまた困り顔に悲しみを乗せる。



 セシリアが言ったというその言葉を聞いて、クラウンには2つ分かった事があった。


 

 彼女はきっと、仲直りを望んでいる。

 そしてそれをレガシーも知っているのだ。

 たとえ彼女がそれを口に出さずとも。


「……その類の話を僕にされても、とてもじゃないけど僕には助言なんてしてあげられない」


 吐露されたその言葉に、クラウンは「まぁ確かにそうだろう」と思った。


 だって対人関係が大の苦手なレガシーに、その手の助言など出来る筈も無いじゃないか。

 そんなのが出来ればとっくに、彼周りの事情は解決を見ている。


 しかし。


「だからと言って、俺にだってアドバイス出来る様な事なんて無いぞ?」


 そう、クラウンだって現在絶賛『人間関係、試行錯誤&再建中』なのである。

 アドバイス出来るような事なんて、残念ながら何もない。


 そう伝えると、レガシーは「違う」と首を横に振った。


「僕が君にお願いしたいのはアドバイスじゃなくて……橋渡し、なんだ」

「橋渡し?」


 一瞬「何だそれは」と思って、しかし遅れて納得する。


 あぁ、なるほど。

 『橋渡し』か、と。


「……今回の件、セシリア嬢はもう怒ってはいないみたいなんだけど、どうやら自分から動く気も無いみたいなんだ。『自分から動いたら望まない解決になっちゃうかもしれないから』って。でもずっと悩んでる。だから――」

「だから向こうから動くように、ちょっと発破をかけてきて欲しいって?」



 レガシーの言葉を引き継いで、クラウンがそう彼に尋ねた。

 その声に、彼が真面目な顔で頷く。



 そんな彼に、クラウンは一度深く息を吐く。


「……確かにこの役割は、お前には不向きだな」


 所詮は子供同士の喧嘩だ。

 テレーサが謝罪に動けばセシリアとしては問題無いみたいだし、今回直接的な謝罪が無かったとしても時間が良い感じに解決してくれるかもしれない。


 しかしそれでも、おそらく時間は掛かるだろう。

 そしてその時間を悲しげに耐えるセシリアを、レガシーは見ていられない。

 否、ただ手をこまねいていたくは無いのだと思う。


 そしてそれは、クラウンだって同じだった。


 だから。


「まぁだからと言って俺が適任だとはどう考えても思えないが」


 そう溢したのは、ただの前置きだ。


「仕方がない、か」


 確かに適任などではない。

 むしろ、その逆である。



 テレーサ嬢は『保守派』筆頭の娘。

 対する俺は、曲がりなりにも『革新派』重鎮の息子。

 話をするにはあまりにミスマッチ過ぎる組み合わせだ。


 そうでなくとも目立つ今、そんな行動を起こせば注目を浴びる事は間違いない。


 しかしそれでも、出来ない事では決して無いのだから。


「俺が伝えたとして、必ずしも全てが上手くいくとは言えないがそれでも良いなら」

「……うん、それで良いんだ」

「なら、俺もちょっと頑張るよ。お前が頑張って一人で俺に声をかけたみたいに」

 

 そう言って、クラウンは軽く握った拳をレガシーへと突き出した。

 その動作に彼は少し驚いて、しかしすぐにこの意味を理解する。


 それは例えば仲の良い者同士が親愛の情を示す時に行う動作で、レガシーにとっては少し羨ましく思った事もある。

 そして自分にはけっして向けられる事など無いだろうと諦めていた動作でもあった。


 だから少し驚いて、それから沸々とくすぐったい様な嬉しさが込み上げて。


「――うん、頼んだよ」


 少し照れながらそれに応じ、2人は顔を見合わせて笑い合う。


「じゃぁ俺がどうにか繋げるまで、お前にはセシリア嬢の方を任せるぞ」


 クラウンが告げたその言葉に、レガシーは少し驚き、そしてフッと笑みを浮かべる。


「……まぁ僕に出来る事はたかが知れてるけどね」

「そんな事はないと思うけどな」


 2つの拳が、互いの頭を合わせてコツンと繋がる。

 それは正に、秘密の共同戦線が展開された瞬間だった。






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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991860116


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