第9話 「……は?」と言いたくなる様な事



 一方、そんな彼にレガシーは一種の眩しさを感じていた。


 そして思う。


(不思議な人だな)


 と。



 少なくともレガシーから見たクラウン・モンテガーノという人は、普段は『普通』なのである。

 

 もちろん自分なんかより2つも上の爵位の家の子だ。

 実際持つ権力や生まれ持った品格は自分と比べると雲泥の差だし、例の一件があって以降の彼は特に、時折見惚れてしまう程の覚悟と決意を胸に秘めていると思える事がある。


 それでも彼を『普通』と表現するのは、第二王子やテレーサにはいつも感じる上級貴族特有の圧の様な物を、彼にあまり感じないからだ。


 近寄りがたい。

 そう思わせる圧が彼からは滅多に感じない。

 これはレガシーにとって、とても大切なプラス要素だ。

 しかし『滅多に』とつくのだから、勿論そうでない時もある。


 今が正にその時だった。

 しかし不思議なのは、彼のソレを受けても全く息苦しさを感じないという事である。



 寧ろ清々しい程爽やかに、彼の中の高貴さが滲み出ている。

 そんな風に、レガシーには感じられた。


 そしてそんな彼の瞳が、表情が、何の担保も契約も無いただの口約束をこんな風に肯定する。


(――この言葉は、きっと信じていい)


 それは、漏れ出た吐息と共に訪れた安堵だった。

 そしてそれを足掛かりにして、彼は今、やっと本題を告げられる。


「実はセシリア嬢、テレーサ嬢と……喧嘩、したみたいなんだ」


 そんな話を。

 そして、そんな言葉にクラウンは。


「……は?」


 思わず拍子抜けした様な声を出した。


 否、実際拍子抜けしていた。

 だってそうだろう。

 ここまで話を引っ張っておいて、勿体つけておいて、まさかそれは無いだろう。


 友達と喧嘩したなんて、まさかそんな――。

 と、そこまで考えてピンときた。

 そうか。

 彼女なら。


「もしかして、そのせいで家同士とか派閥関係にヒビが入った、とかか……?」


 それは、彼女ならば十分にある話だ。

 なんせ自分という前例がある。


「彼女が何の理由もなく喧嘩をふっかけるというのは全く想像できないが、相手から仕掛けられたのならそれを迎え撃つ事はするだろうし」


 自身の過去と、それから今まで垣間見えた彼女という一個人の性格を照らし合わせれば、そちらの方がしっくりくる。

 これはそんな納得だった。

 

 しかし、そんなクラウンの声にレガシーは何とも言えない顔になる。


「いやまぁ経緯はクラウン様の想像通りなんだけど……そこまで深刻でも無い、と思う」

「というと?」

「さっきも言ったと思うけど、事はまだ2人の喧嘩の範疇に収まってるんだ。ギリギリで」


 そんな言葉を皮切りに、彼はセシリアから聞いた事のあらましを語り出す。


「この間、セシリア嬢がテレーサ嬢主催のお茶会に呼ばれたんだ。そこでちょっと一悶着あったらしくて」

「原因は?」


 クラウンがそう尋ねると、彼は「それが……」と少し言い淀みながら視線を逸らした。


「どうやらテレーサ嬢が『第二王子殿下との婚約』について触れられた……というか、彼女に後押しされた事が原因みたいで」

「……後押しされた? 牽制されたんじゃなくてか?」


 反射的にそう尋ね返すと、レガシーは困った様な顔で頷く。


 どうやら聞き間違いではないらしい。

 が、「後押し」とは一体どういう事なのだろう。



 テレーサが第二王子との婚約を後押しするというのは、どう考えても変な話だ。

 それは、年相応に政治情勢に疎いクラウンにも分かる。

 何故なら。


「第二王子殿下の妃候補の筆頭は、確かテレーサ嬢自身の筈だろう? それが何故後押しなんて事になる」


 だってそうだろう。

 おそらく家的にも、派閥的にも、テレーサは妃になる必要がある。

 なのに元々「最近仲が良い」と噂されている、言わばライバルとも呼べる相手を後押しするなど、これ以上に変な話はない。


「もしかしてテレーサ嬢はこの婚約に乗り気じゃないのか……?」


 例えば個人的に好かないとか、他に相手が居るとか。

 それで彼女が自発的に動いているのなら分からなくもない。


 そこまで考えた時だった。



 レガシーは「そういう話は知らないけど」と前置いた上でこう告げる。


「とりあえずそれを発端に色々あって……その結果セシリア嬢が反撃する事になったらしい」


 その言葉を聞いて、クラウンは二つの意味で思わず苦笑した。

 

 一つ目は、テレーサの心情に関する考察をまるで「そんな物」と言わんばかりに放り投げた事について。


 まぁ確かに知らない事をあれこれ邪推したところで答えなんて出ないのだから、切り捨てるのは間違ってはいない。

 

 しかしそんな彼の中に「セシリアを悩ませる事態以外の事に興味は無い」という本音を垣間見た気がしたからだ。



 二つ目は、彼の「反撃」という言葉について。

 これについてはその容赦の無さを知っているからこそ苦笑する。


 まぁ当時のクラウンと彼女とはお世辞にも友好的な関係ではなかった。

 それが前回と今回の差だろうが、曲げられない物を前にした時に果たしてソレを考慮ながら反撃するかというと、どうにも望み薄な気がする。


「普段はわりと寛容なんだがなぁー……」


 しかしそれは、もしかしたら彼女の容赦ない一面を見た後だからこそ抱ける感想なのかもしれない。

 例えばそれが逆だとしたら、普段は温厚なのに何かに触れた途端にあぁなるわけだ。


 恐ろしさも倍増だろう。



 しかしまぁ、取り敢えず相手の心情は置いておいて、だ。

 

「この件が2人の問題の範疇に収まっていて、尚且つセシリアが「反撃」したというのなら、別に何の問題もないじゃないか。とっとと仲直りをしてしまえば良い、それだけだろう?」


 例えば当事者がレガシーだったならば、そこで尻込みするのも分からなくはない。

 しかし今回のソレはセシリアだ。


 社交を詳しく知らないクラウンが見ても普段大人相手に上手く立ち回っている彼女である。

 その彼女が、一体何を困る事があるのだろうか。


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