第8話 答えと約束

 


 彼の問いに、レガシーの目が大きく見開かれた。


 彼がこれほどまでに人の目を真っ直ぐ見る事など滅多に無い。

 だからそんな瞳に見つめられて逆にクラウンも驚く。


 すると、彼の口からこんな言葉が漏れ出した。


「何で分かったの……?」


 ポロリと溢れた。

 そんな風に形容するのが相応しいだろう。


 そんな彼に、クラウンは思わず声を出して笑ってしまう。


「お前がここまで無理を押す理由なんてそれくらいしか思いつかなかったしな」


 そう。

 2人に共通する事で彼が無理をして『そうする』理由なんて、他には考えつかない。

 これは選択問題よりも余程簡単な答えである。



 クラウンにそう言われ、レガシーは「なるほど」と苦笑した。

 そして「……確かにそうかもね」と言いながら、視線を一度お腹の前で合わせている自分の指先へと落とす。



 太陽の光で温められた冬の風が、レガシーの髪をふわりと舞い上げた。

 その瞬間、顔に落とされていた前髪の影が一瞬取り払われて、わずかに寄せられた眉間のシワと悩ましげに細められた瞳が露わになる。


「……この話をする事は、あくまでも僕の独断なんだ。彼女が『そうして欲しい』って言ったわけじゃない。僕が無理矢理彼女から書き出して、勝手に君に話すと決めた」


 もしかしたら、まだ話すかどうか僅かに迷っているのかもしれない。

 クラウンはそんな風にチラリと思う。


 しかし、レガシーの次の言葉には決意のような物が籠っていた。


「ただ僕が見ていられなくて」


 手をギュッと握り込んで。


「口止めもされてるんだ。だから、理由は分からないんだけど……きっと周りに知られるのは拙い事なんだと思う」


 その瞳に、もどかしさと苛立ちを綯交ぜにした様な色を灯して、苦しげに告げる。



 彼の言葉の羅列は、中々に話の要点が分かりにくいものだった。


 しかし、つまりは何が言いたいのかが酷く分かり難くても、たった一つの感情だけはヒシヒシと伝わってくる。



 それでも、セシリアの助けになりたい。


 そんな気持ちが。


「でも僕じゃぁ、どうにもしてあげられなくて……」


 その声に、クラウンはゆっくりと目を見開く。

 

 今まで何が言いたいのか良く分からなかった言葉の羅列が、クラウンの中でやっと意味を持ち始める。


(――彼は俺に、多分助けを求めてる)


 セシリアに後で怒られるかもしれないし、面倒な事に巻き込む事になっちゃうかもしれないけれど、それでも聞いてくれないか。

 助けてくれないか。

 

 きっとそういう事なのだ。


(……その感情を吐露する相手に、レガシーは俺を選んでくれたのか)


 呟くようにそう思い、その後すぐを嬉しい気持ちが追ってくる。


 そして思った。


(その気持ちに、応えたい)


 そんな風に思えたのは、人に初めて頼み事というものをされたからか。

 彼に初めて頼み事をされたからか。

 それとも恩人であるセシリアに関するお願いをされたからか。


 否、どれでも良い。

 結局答えは変わらない。


「つまり俺は、今から聞く事を周りに決して口外せず、周りにその内容を悟られずに、彼女の助けになるような『何か』をすれば良い。そういう事なんだな……?」


 確認する様にそう言うとレガシーが無言で、しかし少し気まずそうに頷いた。



 きっと彼には「無理なお願いをしている」という自覚があるのだろう。

 

 確かに彼の要求は難しい。

 だって、口外しないという事は周りに助けを求められないし、そうでなくとも目立つ自分が目的を周りに秘匿しつつ動かねばならないのだから。


 そこにはきっと、たくさんの注意力と勇気と、もしかしから機転なんていうものまで必要になるかもしれない。

 まだ自分では、力不足かもしれない。


(しかし、それでも)


 クラウンは、ゆっくりと口角を上げる。


「最大限、力を貸そう」


 そんな風に答えると、レガシーの顔が勢いよく跳ね上がった。


 黄み掛かった黒色の瞳が大きく見開かれている。

 そこには驚きと期待と不安がごちゃ混ぜになって揺らいでいて、「おそらくこれが今の彼の心中そのものなのだろうな」とクラウンに思わせた。


 だからそんな彼に向かって、クラウンは敢えて強く笑う。


「何だ? 期待してた言葉と違ったか?」


 そんな疑問に、レガシーはすぐさま首を横に振った。

 そして少し困った顔で聞いてくる。


「だって僕、まだ何も説明してない……」

「あぁ、つまりお前は『まさか内容も聞かずにいきなり了承が来たからビックリした』と」


 クラウンの納得声に、レガシーは伺う様な視線を向けながら不安そうな上目遣いで聞いてくる。


「君はそれで……?」

「あぁ、それで良い」


 即答だった。

 その勢いにレガシーがまた目を丸くしていると、クラウンは「まぁ」とまた口を開く。

 

「確かにまだ何も聞いていないし、それなのに現時点で、既に難しい注文になりそうな予感がヒシヒシとしてる。でも、それが何だというんだ!」


 そう、少なくともクラウンにとっては、そんな物はレガシーの言葉を突っぱねる理由にはなり得ない。


 何故ならば。


「彼女が困ってて、お前がわざわざ俺に助けを求めに来た。それだけで俺が最大限を尽くす理由になるんだよ」


 そもそもクラウンには、彼女に大きな「借り」がある。

 ダメだった時に手を差し伸べてくれたという借りが。


 もしかしたら「貸してる」なんて全く思っていないかもしれない。

 が、それでも良いのだ。


 何かを返したい。

 そう思っている自分がいるのだから。




 とはいえ、だ。


「俺はちっぽけだ。権力以外に能がない」


 しかも、秘密裏に事を勧めなければならないのなら、もしかすると今回それを武器に出来ないかもしれない。


「だから、もしかすると実質俺に出来る事なんて無いかもしれない。成果を約束する事はできないが……」


 それでも、これだけは約束できる。

 約束しよう。


「力になれるなれないに関わらず、決して口外はしない。俺を選んでくれたお前にかけて」


 あんなに真っ青になってまで訪ねてきた彼の決意と努力はカッコイイ。

 友人の為に自分にできる事を必死に模索する彼を誇らしくも思うし、そんな彼が頼ってくれて、嬉しかった。


 だから俺も約束する。

 決して彼を裏切らないと。


 そんな誓いを込めて、クラウンはそう言い切った。


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