第7話 彼にそうまでさせる理由(ワケ)



 後ろ手に手を振って去っていくアランに「全く、アイツは……」と一言溢してから、クラウンは視線をレガシーへと戻した。


 すると先ほどよりも一段階悪くなった顔色で、レガシーがこんな提案をしてくる。


「場所を移動しても良い、かな……? ちょっと他には聞かれたくない話なんだ」


 控え目に告げられたその声に、クラウンは一も二もなく頷いた。



 アランが居なくなったからか。

 彼の口調が少し滑らかになった気がする。

 が、そんな事はどうでも良い。


 それよりも、顔色が病的に悪い事の方がよっぽど気になる。


 そしてそこにはどうやら彼自身の自覚症状も少なからずあるようだった。


「それに、僕の精神がもう限界で……」


 胸のあたりをギュッと掴みながら付け足された本人からのそんなギブアップに、クラウンは思わず「そうだろうな」と苦笑する。




 その後、2人はレガシーの先導で場所を少し移動した。



 辿り着いた場所は、社交場からそう離れていない一角である。

 いつも彼が陣取る場所と比べると、まだまだ社交場から近く、騒がしい。


「こんな所で良いのか? 俺はもうちょっと向こうでも良いが」


 レガシーの顔色を窺いながら、クラウンは心配そうにそう提案する。

 真っ青だった顔は先程よりは少し肌色を取り戻し始めた気がするが、それでもやはり絶好調とはいえない状態だ。


 だから「もっと端の方が楽なのではないか?」と更に言葉を付け足すと、彼からちょっと苦い笑顔が返ってきた。


「出来れば僕もそうしたい所なんだけど……話が話だけに、2人で話しているのがあまり目立たない方が良くて……」


 そう言われて、クラウンは「確かにさっきも『人に聞かれたくない話だ』と言っていたな」なんて思い出す。

 

 そしてあたりを見回して、「なるほど」と独り言ちた。



 確かにこのくらいの距離ならば、遠目に見れば『社交に疲れてちょっと一休みしているただの子供』らしく見えそうだ。

 密談にはちょうど良い場所かもしれない。


「そもそも僕たちは『社交嫌い』と『悪目立ち継続中』の2人組だし、そうじゃなくても派閥的に今は中立であるセシリア嬢を欠いてる……」


 活動距離はそう長く無かった筈だが、やはり苦手空間に突っ込むだけでかなりの体力を消費したらしい。


 「そうでなくとも」と目立つ理由を並べながら、彼は芝生に腰を下ろして「……はぁ」と深い息を吐いた。

 そして続ける。


「……あんまり目立つと、なんか無駄に勘繰られそうな気がするんだよね」


 そんな声に、クラウンは「確かにな」と頷いた。


 

 例え探られても、全く痛くない腹ならば「幾らでも探ればいい」と開き直ることもできる。


 しかし今回の話は、どうやら『周りには聞かれたくない話』のようだ。

 ならば、探られるリスクはできる限り少なくする方が得策だろう。


 そんな風に思う一方で、色々な部分に注意を払える彼にクラウンは心中で唸った。


(セシリア嬢もそうだが、レガシー殿も中々に頭が回るな)


 そう思わずにはいられない。



 例えば派閥に関して言えば、だ。

 以前から父に「対立派閥の奴らとは仲良くするな」と言い含められていた事もあり、中立であるセシリアを欠いたこの状態で今の組み合わせが『良く無い』事くらいはクラウンにも多少分かるし、「だからこの場所」というのも聞けば納得は出来る。


 しかしそれを思いつけるかと言われればそうではない。

 この辺りが、きっとレガシーとクラウンの違いだろう。


「……今の俺は、まだ『対峙した相手がどう思うか』について考えるだけで手一杯だ」


 呟く様にそう言えば、レガシーがキョトンとした目を向けてきた。

 しかしそれも、すぐに苦笑へと形を変える。


「僕は寧ろ、そっちの方がまるで分からないよ」




 片や物事を客観的に見て問題提起をし、その対策を練るというプロセスそのものに対する経験値。

 片や人の言葉から気持ちを分析・想像する経験値。

 互いにそんなものが足りていない2人は、互いに持っているものが極端で、おそらくは無いものねだりなのだろう。


「僕ら、もしかしたら足して2で割れれば丁度良いのかもしれないね」


 そう言った彼は、どうやらやっと自分のペースが戻って来たようだ。

 むしろ先程の緊張からの緩和で、いつもよりも言葉が比較的スムーズに滑り出しているような感じさえする。


 そんな彼の変化に気づき、クラウンは心中で密かに嬉しく思いながら真面目な顔で「確かにな」と相槌を打った。




 レガシーが手で隣に座るように促してきたので、クラウンは素直にそれに従う事にした。


(2人で横並びに座るのは、初めてだ)


 そんな風に思いながら彼に視線を向けてみると、レガシーの顔色は随分と良くなっている。

 そんな彼に少しホッとしながら、クラウンは「しかし」と考えた。


(あんな風に無理を押してまで俺を呼びにきた理由って、一体何なんだろう)


 誰かと話をする事が不得手な彼だ。

 決して先を急かしてはいけない。


 そうは思うものの、彼にそうまでさせる理由がどうしても気になってしまい、ついにこう切り出した。


「セシリア嬢に、何かあったか……?」


 2人の間に、一陣の風が吹き抜けた。


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