第5話 慌てた顔と驚いた顔 ★
その声や態度は、例えば「相手をぞんざいに扱っている」と言われても仕方がない様な色をしていた。
彼は、敬称だけは忘れなかったが、そのくせ抱いた感情は最初(はな)から隠す気が無い様だった。
その辺りが、何とも裏表の無い彼らしい。
そんな彼が、やはり彼らしくこう告げる。
「俺は、今のクラウン様となら話したいって『自分が』そう思ったからそうしてるだけだ。そこに親とか周りとかは関係ないだろ」
そこには「見くびるな」という言葉が丸見えなくらいに見え見えだった。
きっとこの時すべきだったのは、アランへの謝罪だったのだろう。
しかしクラウンが最初に抱いたのは「自分と親の考えは別だ」とキッパリ宣言した彼への驚きだった。
彼は『親と自分の気持ちに差異がある事』を誤魔化しも隠しもする事なく、その上で「親と意見が割れても気にせず我を通す」と言い切った。
それがクラウンの中の常識にドボンッと大きな一石を投じる。
「親に言われたら、それに従わなければいけないだろう……?」
「何言ってんだ、親が言っても納得できない事はあるだろ?」
「あるけど。それは仕方がない事で――」
「だから従うって? 俺はそんなの絶対に嫌だね。俺は自分が納得できない事は絶対聞かない!」
即答どころかむしろ被せ気味にそう言われ、クラウンは心底驚いた。
何故なら少なくともクラウンは、今までずっと「親の言う事を聞く」という事は絶対の不文律の様なものだと思っていたからだ。
貴族は、それ故にしがらみを持つ。
例えば家同士の関わりや、身分の上下関係。
家の利を守る事だって必要だ。
そんなしがらみの中で、時には誰しも『自分の意に沿わない振る舞い』を強いられる。
だから貴族の子はそのしがらみを、幼い頃から「仕方が無いもの」だと刷り込まれる。
時には感情に流される時もあるかもしれないが、それはあくまでもそれは例外なのだ。
そしてその常の中に「親には逆らえない」というものも、少なからず存在している。
(……でもそれを、コイツはまるで最初から存在していないかのように言う)
しかも彼の凄いところは、これが口先だけではないという事だ。
彼の口ぶりだと、アランもこの件については十中八九親から何かしらは言われた事があるのだろう。
その上で彼は今も尚、クラウンとこうして話をしている。
つまり彼は、今正に自分の言葉が決して口先だけでは無いという事を証明し続けているという事になる。
クラウンは、自分の口角がふよりと浮いた事を自覚していた。
(きっとコイツのこの言葉に、嘘はない)
そう思えてしまうから、嬉しくて困る。
例えばもし「俺と話すと周りがどう思うか分からない」と言えば、彼はきっと「それが何?」と憤慨気味に返すだろう。
そんな想像が、今のクラウンには容易に出来た。
そしてそうなれば、深刻な気持ちを抱えていた先程までの自分がどうにもアホらしくなった。
しかしここで、こうも思う。
(俺としては決してアランを軽んじたつもりは無かったが、もしかしたらそういう風に聞こえるような事を言ったかもしれない)
それは、自分の中の不安や恐怖がうち消えて彼の発した怒りの原因にやっと気が回ったからこそ、初めて思い至れた事だった。
だから、やっと此処で心からの謝罪をする。
「変な事を言って、すまなかった」
と。
この言葉は、言い合いが途切れてからずっと互いの間に流れ続けていた沈黙を破る言葉だった。
その間ずっとアランは不貞腐れたような顔でこちらを睨みつけていたのだが、この言葉を受けて「フンッ」と彼は鼻を鳴らす。
「……まぁ、許してやっても良い」
「偉そうだなまた」
「今は多分、俺の方が『上』だからなっ!」
許す許さないの選択権を握るという意味で、今主導権を握っているのは確かにアランの方だろう。
だから確かに「今は立場が上」というのは間違いない。
しかし、それにしてもちょっと威張りすぎじゃないだろうか。
そう思ってジト目を向ければ、アランが慌てたように言う。
「だって、こういう時くらいだろ? 大っぴらに偉ぶれるのは」
「まぁ、爵位とか的にはそうだけど……でもお前、普段から割とその辺適当だよな?」
「えっ、そうかっ?!」
まさかの適当だった自覚が全く無かったらしい。
これには寧ろ、クラウンの方が驚いた。
慌てた顔と驚いた顔が、互いに鉢合わせした。
しかしそれもほんの束の間だけの事だ。
すぐに、どちらとも無く笑い出す。
それはとても穏やかな時間だった。
少なくとも今のクラウンにとっては、とても貴重で嬉しい時だった。
しかしそれは、こんな言葉で終わりを告げる。
「ク、クラウン様」
震える声が、背中に当たった。
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当該話数の裏話を更新しました。
https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991852128
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