第4話 最近の変化
ある日のお茶会。
この日もクラウンは、子供達の社交場のど真ん中に立っていた。
一時期と比べると、最近は随分と風当たりも弱くなってきてはいる。
勿論「全てが元通り」などという簡単な話ではないから、中にはまだあからさまに避ける様な者も居るが、もう殆どの子はこちらから話しかけても避ける様な事はなくなった。
それどころか、最近は。
「よう、クラウン様。今日も見事に遠巻きにされてるな」
こんな風に、俺に自分から話しかけてくる変わり者さえ現れた。
片手を上げて小走りでやってくる少年に、クランは思わず苦笑する。
彼はいつもこうなのだ。
いつも彼は、遠くの方から何の奥目も無くこっちに向かってやってくる。
それはいつもの事だから、まぁ良い。
しかしそれが周りにどう見えるかというと、やはり良くは見えないだろう。
それに気が付けたのは、間違いなく彼が最近になって否応なしに身に付けさせられた、客観的視点のお陰だった。
だから、これは一応彼を慮っての言葉である。
「まぁ間違ってはいないが、あまりに歯に衣着せなさすぎないか……?」
あまりの情け容赦の無さを「困った奴だな」と言って笑えば、周りの一瞬だけ緊迫した空気が緩んだ。
それを肌で感じて内心ホッと胸を撫で下ろしていると、目の前までやってきていた彼がキョトンと目を丸くしている事にやっと気付く。
しかしすぐに「まぁ良いか」という顔になって「なぁなぁクラウン様」と話し始めた。
そんな彼の名は、アラン・イグランド。
『革新派』所属の、イグランド子爵家の三男だ。
派閥が同じ同年代だから彼の顔と名前くらいは一応前から知っていた。
しかし彼と親密になったのは極々最近の事である。
先日のあれこれが起きるまで、クラウンの周りには当たり前のように人が寄ってきていた。
しかしそれには例外もある。
彼はその例外の内の1人だったのだ。
そんな彼を相手にクラウンは、最初こそ激しく警戒した。
こんな俺にわざわざ話しかけにやってくるなんて、一体何が目的なんだ。
そんな風に思ったのだ。
しかし話してみると随分と気さくな良い奴で、気がつけば爵位差に関係なくこんな風にやり取りできるくらいには打ち解けていた。
だからという訳でも無いのだろうが、今日も彼はおそらくまたしょうもない様な話を、実に楽しそうな顔で話している。
そして、そんな彼を前に思う。
(セシリア嬢相手に切った張ったをした後だから尚更思うのかもしれないが、多分俺には頭脳労働は向いていない。しかし流石にコイツほどでは無いな)
と。
そう、アランは良いヤツなのだ。
何というか、こう……正直言って頭はちょっと弱い気がするが、その分裏表が無い。
それは間違いなく、アランの良いところだろう。
しかし、だからこそ彼が心配になるという事もある。
「こんなに俺と積極的に話したりしていて、親や周りから怒られたりはしないのか……?」
彼の言葉が途切れたところで、クラウンは彼にそう尋ねた。
最近周りはクラウンをあからさまに避ける事はしなくなったが、それと同時にまだ以前のように自分から積極的に話しかけに来る事もない。
それはおそらく、周りがまだ「安全かどうか」を測りかねている状態だからなんじゃないだろうか。
そんな風に思える中で、毎回話しかけにやってくる彼の存在は、お世辞なんかじゃなくとても大きい。
だから本当は、こんな事なんて聞きたくない。
失う事は、とても怖い。
そして、失う事は酷く容易い。
それを、クラウンはもう知っている。
もしもこれがキッカケで彼がまだ気付いていなかった『何か』に気付き、自分から離れていってしまったら。
そんな不安が、今までクラウンの口を閉ざさせてきた。
また1人になってしまう。
そんな恐怖が今までクラウンを尻込みさせてきた。
しかし、それでも。
(コイツは、良い奴だから)
不安や恐怖は未だ消えない。
きっとそう簡単に消えるものじゃないのだろう。
でも、もしも俺に話しかける事で、コイツが誰かに叱られたり、周りから変な噂をされたりしたら。
(――そんなのは、絶対嫌だ)
そんな風に思えたから、クラウンは自分を奮い立たせる。
気付いていてそうしたのと、気付かずにそうなってしまったのとでは、結果は同じでも意味が違う。
前者には自分なりの信念があるが、後者にはそれがない。
それこそただの道化である。
と、流石にここまでは考え至らなかったものの、どちらがカッコいいかカッコ悪いかくらいは彼にも分かった。
これは誰に教えられるでもない。
クラウン自身が自分の身に起きた事を、振り返って反省して。
自分と敵だった人を、並較して考えて。
そうして得た、彼なりの真理である。
そして、今だ。
(俺は今、アランが周りから悪い様に見られている可能性があると知っているんだ)
そう思えば、いつの間にか使っていた両手の拳に力が入る。
クラウンのは悪行始まりで、アランのは善行始まりだから、一概に「自分と同じ」だなんて言えない。
それでもアランが自分と同じように、今正に「知らずに間違えている可能性がある」という事に、クラウンは気が付いている。
だから。
(……「良い奴だ」と思える相手にソレを教えてやれないなんて、そんなの絶対許しちゃいけない)
彼の中に芽生えたそんな自身への戒めが、不安も恐怖も振り切ってクラウンを今突き動かしていた。
つまり彼には、強い決意と覚悟があった。
しかしそれは、呆気なく裏切られる。
「あのなぁ、クラウン様」
呆れた様な、それでいてちょっと怒っている様な。
そんな表情と、深い深いため息によって。
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