第3話 その瞳に絆される ★
何かあった?
レガシーがそんな風に尋ねれば、セシリアは何故かニコリと笑った。
「何です? 急に。私にいつもと違うところなど無いと思いますけれど」
そう言った彼女の笑顔は、どうしようもなく完璧だった。
否、あまりに完璧過ぎた。
普段なら決してレガシーに向ける事のない完璧な笑顔を、今彼女は向けている。
最初に抱いた違和感は、例えば誰かに「気のせいじゃない?」と言われれば思わずそれを信じてしまいそうになるくらいの、本当に些細なものだった。
しかし自分の目は確かに正しかったのだと、レガシーは今そんな確信へと至る。
だって、今の彼女を見れば動揺している事は明らかだ。
そして何より。
(僕にソレを見抜かれるなんて、全然『らしくない』よセシリア嬢)
レガシーはそう独り言ちる。
今の彼女がレガシーには、自分を取り繕う余裕が無い様に見えた。
そしてそれは、少なくともレガシーにとっては実に珍しい事である。
と、ここまで考えて、彼は「あぁ」と口を開いた。
「珍しいと言えば……お茶会には出席しているのに今日はまだこっちに来てないね。テレーサ嬢」
それは、レガシーにとってはただ単に「珍しい繋がり」で口をついて出た言葉だった。
というのも、だ。
最初にセシリアと個人的に接触して以降、テレーサは欠かさずセシリアの元を訪れていたのだ。
それは、毎回その場に居合わせる羽目になるレガシーが誰よりもよく知っている。
だからこの一言は、あくまでも偶々出た言葉だった。
しかしそんな偶然に、セシリアは痛そうに顔を歪める。
レガシーは、それを見逃さなかった。
それだけで、彼女が誰関係でこんなにも様子がおかしいのかは一目瞭然だった。
しかし「誰」とか、そんな事よりも。
(……何なの、その顔)
初めて見るその表情に、レガシーはそう思わずにはいられない。
思わず漏れ出た、彼女の弱さ。
それを前にして彼が思ったのは、彼女に対する焦ったさだ。
先ほどからの彼女を見るに、自身の中では消化しきれない何かを抱えている事は、十中八九間違いない。
でなければ、さっきの表情くらいなら、きっと彼女は簡単に隠す事が出来た筈だ。
(……自分1人で出来ないんなら、周りの力を借りれば良いのに)
それが1番手っ取り早い方法だという事は、頭の回る彼女の事だ。
きっと解っている筈である。
なのに助けを求めないのは、なまじ頭が回り色んな事が出来てしまうからなのか。
それとも同じ貴族という立場同士だからなのだろうか。
と、ここまで考えて「そんなのどっちだっていい事か」と口元をフッと綻ばせる。
例えば「相談すれば何かが変えられる」だなんて、そんな大層な事を言い切る勇気は、残念ながらレガシーには無い。
けれど、それでも。
(愚痴を聞く事くらいは出来る)
それこそセシリアがさっきレガシーの憂鬱を聞いてくれた様に、レガシーにだってそれくらいは出来るのだ。
だから、レガシーは意を決して一歩踏み込む。
「ねぇ、セシリア嬢。嫌な事や悲しい事、自分1人じゃどうにも出来ない様な事を1人で抱え込むのって、結構しんどい事だよね」
その声は、彼が感じていた焦ったさと相反して、思いの外優しく響いた。
もしかするとそれは、彼自身がコミュ障で、セシリアと出会うまではその悩みを内に秘めていたからかもしれない。
だって今の彼女の苦しみは、彼にとっては十分共有できる類のものだったのだろうから。
そんな彼の言葉にセシリアの肩が僅かに震えた時だった。
レガシーは、ふと彼女の後方から自分へと向けられている視線に気付く。
彼女の執事・ゼルゼンのものだ。
その瞳は少し寂しそうで、それでも嬉しそうだった。
(……あぁきっと、彼は彼女の悩みを知っているんだ)
レガシーには、何だかそんな風に思えた。
そして同時に、レガシーが一歩踏み込んだ事を許容している様にも思えた。
彼が主人を大切に思っている事は、彼の普段の態度やたまに発する言葉などから十分に垣間見える。
そんな彼が許容を示してくれた事が、レガシーへと更なる勇気を与えた。
レガシーは、ゆっくりと深く息を吐きだした。
そして、言う。
「もちろん無理には聞かないけどさ」
顔を少し覗き込めば、そこには感情に揺れるペリドットの瞳があった。
だから安心させる様に笑う。
「でももし君が聞いて欲しいなら、僕には聞く準備があるよ」
それは、まるで迷子の子供を導く様な、それでいて固い意志を惑わす様な。
そんな音色に違いなかった。
そしてその音が、彼女の仮面をやんわりと溶かしにかかる。
どのくらいの時間だっただろうか。
木々の葉がサワサワと揺れる音だけが優しく耳を撫でる中で、2人の間に沈黙が流れた。
そしてそれを、セシリアが控え目に破る。
「……聞いても困るだけかもしれません」
それは、いつになく弱々しい声だった。
しかしそんな彼女の言葉に彼は、一瞬の躊躇もなく「うん」と答える。
「きっとレガシー様は、知らない方がいい事だと思います」
「うん」
「……知っていると『相手』に知られれば、間違いなく権力による圧力が掛かってしまうでしょう。立場が悪くなるかもしれません」
「うん」
何を言っても即答で頷くレガシーに、セシリアは困ったような、迷うような顔になった。
そして逡巡したものの答えを見つけられなかったのか、彼女はチラリとレガシーを見る。
そして、逃げられなくなった。
真摯な色を灯しセシリアを見つめる彼の黒黄の瞳から。
その瞳があまりに真っ直ぐで、柔らかな強さを帯びている気がして。
だからうっかり――絆される。
「……実は」
こうしてセシリアは、レガシーの中に垣間見える誠実さと、優しさに負け、つい甘えてしまったのだった。
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当該話数の裏話を更新しました。
https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991844971
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