第2話 だからこそ気が付いた
その声に、セシリアは「なるほどため息を吐きたくなる訳ですね」と、セシリアが納得声を上げる。
確かに集団の中に放り込まれるよりはまだ、1対1の方がマシである。
その状態なら、他人と同じ空間を共有する事もどうにか耐えられるだろう。
しかし、例え耐えられるからと言って、苦痛じゃない筈がない。
「因みに、何件ほど?」
「12件中7件目。でも、まだ増えるかもしれないって」
それだけ居れば、それこそお茶会形式での集団お見合いになっても決しておかしくはないだろう。
そんな風に思いながら、また深い溜め息を吐いたレガシーに「それはまた……多いですね」と言って苦笑する。
しかし、セシリアとしてはレガシーにそれほどの縁談が来ること自体に関しては、決して驚かない。
レガシーは、将来を嘱望される研究家だ。
その知識量はセシリア自身がよく知っているし、独自の研究だって既に始めている。
そんな彼だ、特に子爵以下の同年代にとっては現実的かつ優良な嫁ぎ先となるだろう。
にも関わらず現時点で彼の婚約者の席が空いていたのは、一重に彼が重度のコミュ障だったからである。
「もしかしたら、私と交流が出来たことで改善されたと思っているのでしょうか……?」
しかしその是非は、1人の時の彼自身を見れば一発で分かる事だろう。
改善傾向にあるとはいえ、まだ完治はしてはいない。
そんな事実に気が付いて然るべきだと思うし、第一そんな状態でお見合いをしても上手くいく筈などは無い。
なのに何故、未だにお見合いを強行しているのか。
甚だ疑問だ。
「以前からこんな感じだったのですか?」
例えば以前から少しずつ慣らしての今回ならば、まだ分からなくもないか。
そんな風に思い当たって聞いたがしかし、レガシーは首を横に振る。
「そんな訳ないでしょ。もし前からそんなだったら、僕はもう地獄の業火に焼き尽くされて今頃干からびてるところだよ」
それに、もしそんなだったらもっと早くから君に愚痴を零しているさ。
そんなレガシーの少しいじけたような言葉を聞いて、セシリアは「確かにそうか」と思い直した。
彼には未だ、セシリア以外に愚痴を話せるほどの親しい相手が居ない。
つまりセシリアに愚痴を吐かなかったという事は、今までは愚痴を吐く必要が無かったという事になる。
「なんか急に、上級貴族から俺への婚約者斡旋があったらしい。で、『取り敢えず会うだけでいいから全部会っておけ』って父親には言い含められてる」
上級貴族からの斡旋を断れないんだってさ。
ゲンナリとしながら、彼がそう言う。
そんな彼に、セシリアは「あぁなるほど」と納得した。
お見合いの目的が婚約者探しではなくただの建前なのだとしたら、たしかに会うだけで目的は達成される。
「大変ですね、レガシー様も」
「本当だよ」
同情と労いを混ぜ込んだ一言に、レガシーが再度ため息を吐きながらそう答えた。
実は彼、明後日に8人目とのお見合いがある。
それを思うと、また憂鬱が沸々とこみ上げる。
アレは無益でどうしようもなくつまらない時間だ。
そうでなくとも知らない人と会って空間を共有するだけで気疲れするのに、彼女たちが見ているのは『将来有望な研究家の妻』という肩書だけだ。
(だからみんな、僕の話や僕自身になんて大した興味も抱いていない。最初から歩み寄る気なんて微塵も無いんだ)
こちらはずっと昔から、正にそれを警戒してきたのだ。
そういう相手の感情には敏感である。
だから会えば、すぐに分かる。
そんな相手と会話が長く続く筈もなく、息が詰まりそうになる。
話を選んで、顔色を窺って。
それがどれだけ大変な事か、決して上手く出来てなどはいないだろうけど、それでもひどく痛感する。
そして。
(……それがサラッと出来ちゃうんだから、セシリア嬢って凄いよね)
特に接触初期の頃、彼女が自分にそういう配慮をしてくれていた事に、レガシーは最近になってようやく気付いた。
経験して初めてその大変さに気が付いて、そして彼女に感謝する。
きっとあの時の配慮が無ければ、彼女とだってここまで普通に話せてはいなかっただろう。
そんな予感が今はしている。
そして自分にこうやって愚痴を吐ける友人をくれた彼女だから、レガシーだって気にもする。
「そういえばセシリア嬢、今日はちょっといつもと違うよね」
今日もやはりレガシーは、セシリアが来るまでの間ずっと彼女の社交姿を眺めていた。
それは最早日課のようになっており、だからこそ憂鬱の中にあっても尚、それだけは行えていたのである。
だからこそ、気が付いたのだ。
社交を行う彼女の姿が、少しばかりぎごちなく見える事に。
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