打開策は『なけなしの勇気』
第1話 レガシーのため息
今年の社交も、すっかり後半に差し掛かった頃。
いつもの様に社交界の端っこに陣取っていたレガシーは、木の幹に背中を預け、木陰の中でソヨソヨと吹く淡い風に前髪を揺らされるながら深い深いため息を吐いた。
憂鬱だ。
憂鬱過ぎる。
そんな風に、表情がその心情を雄弁に語っている。
だからこんな声が掛けられる事もまぁ、必然といえば必然だったのだろうと思う。
「どうかされたのですか?」
声の方をゆるりと見やれば、ノルマを終えたセシリアがちょうどこちらに向かって歩いてきている所だった。
サクサクと芝生を歩く彼女の音に、地面に彼を押し付ける重力が、ほんの少し軽くなったような気がする。
きっとこれは気のせいだ。
そう分かっているけれどレガシーは確かにそう感じ、そしてその感覚に1人密かに安堵した。
やってきたセシリアは、当たり前のようにレガシーの隣へと腰を降ろした。
それを当たり前の様に受け入れている自分自身に、噛みしめるようにこう思う。
(……すっかり慣れていたんだな)
そんな思考になったのは、おそらく抱えているこの憂鬱のせいだろう。
そもそも、だ。
今までは社交場から離れる以上のこだわりを持たなかった『非難場』も、レガシーはいつの間にか一定の条件に収まる範囲で選ぶようになっていた。
社交場と適度に離れた場所、かつセシリアと2人で並んで楽に座っていられる場所。
それがもっぱらの条件で、この場所を選んだ理由は、2人が入って余りある大きさの木陰と、隣同士に座った時に凭れられる太さの木の幹があったからだ。
そんな理由で居座る場所を選ぶようになった辺り、彼女と一緒に居る時間をそれなりに好いているのは自分から見ても明白だ。
だから彼女が隣にやってくる事に恐れや緊張よりも安堵を覚えるというこの現状は、十分に当たり前の部類に入る。
そんな風に考えて、3秒後。
レガシーは後追いでムズムズとする気恥ずかしさに襲われた。
何でなのかは分からない。
分からないけど、何だかとても人に聞かれたら恥ずかしい事を考えていたような気にさせられる。
だから。
(……いやまぁ、顔が見えないと話だってしづらいし、後からやってくるセシリア嬢にまさか背凭れ無しなんて訳にもいかない。彼女、前に俺が背凭れありの場所を譲ろうとしたら丁重に断ってきて本当に困ったし)
そんな風に、自分で自分に言い訳をした。
彼女は意外と頑固なのだ。
だから一度言い始めたらあのにっこり笑顔で絶対に折れなくて、そのお陰でレガシーは令嬢に対する気遣いを許してもらえず全く格好がつかなかった。
思えばあれ以来である。
それまで無頓着だった場所選びをきちんと吟味するようになったのは。
そんな風に、心の中で言葉を言い連ねていた時の事だ。
「レガシー様……?」
セシリアの発した不安げな声に、レガシーの思考がギュッと現実に引き戻される。
再度彼女の方を見やれば、心配顔の彼女が居た。
「あっ、いや、その」
間違ってもそんな顔をさせたかった訳ではないのだ。
そう思えば焦りを覚え、それがまた彼の心の言語化を阻害する。
何か話をしなければ。
そう思えば思うほど、頭は真っ白になって口から言葉が出てこない。
これは正しく彼の対人経験の疎さが一因にあるのだろう。
しかし彼とて、全く進歩がないという訳でもない。
(……ちょっと落ち着こう。で、何の話をしていたのかを思い出そう)
頭が真っ白になりすぎて、そもそもの話題を忘れてしまった。
そんな自身に「確か何かを尋ねられていた筈だった」と、記憶を掘り起こしにかかる。
そして数秒のタイムラグを経て、やっとそれを思い出した。
しかしそれは、自身の憂鬱の根源を思い出す事にも直結する。
再びこみ上げてきた憂鬱を、レガシーはまずため息として体外に吐き出した。
そしてやっと話す体制へと入る。
しかし。
「……僕、地獄の中に身投げをさせられてるんだ」
告げられたその言葉は、控え目に言っても意味不明だった。
「地獄、ですか?」
ズーンと沈んだ彼の声に、セシリアは「どういう意味だろう」と小首をかしげる。
そんな彼女にレガシーは深刻そうな声色で「そうなんだ」と頷いた。
そしてこう、言葉を続ける。
「お見合いという名の地獄にね」
今度の言葉は、明確だった。
そしてその一言で、セシリアは彼の置かれた状況さえも理解したような顔になる。
しかしその納得顔もつかの間の事、今度は苦笑を浮かべてきた。
「確かに他人と関わるのが苦手なレガシー様にとっては、まるで地獄の様な修練の場でしょうね」
それはひどく同情の籠もった声だった。
それもその筈、彼のコミュ障の程度は彼女だってよく知っている。
セシリアに対しては普通に話せる様になったが、それ以外の人間との交流はまだまた難しい状態なのだ。
それでも最近は『セシリアが居る場では』という条件付きではあるものの、セシリアの執事・ゼルゼンやたまに2人の元へとやってくるクラウンなんかとは、ちょっと話せるようになってきた。
つまり以前よりはずっとマシになったのだが、だからといって1人で他と普通に話す事はまだまだ時期尚早だろう。
「因みにそのご令嬢は、以前からのお知り合いで?」
「いや。顔は知ってるけど、ただそれだけだよ。名前が分からない令嬢が殆どで……」
「殆ど?」
途中までは同情まじりに彼の話を聞いていたセシリアだが、「殆ど」と聞いて聞き返す。
殆どという事は、つまりそうではない場合もあるという事で、それが示す答えはというと――。
「……実はそのお見合い、1件だけじゃないんだよ」
そう、相手が複数いるという事に他ならない。
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