第16話 押し寄せる不安を彼は ★
殿下の美徳は、権力持ち特有の我儘が無い所にこそある。
それを、近くで仕える使用人や貴族達は知っている。
だから彼の周りには、自ら進んでその場所に居る者が多い。
しかしそれは、きちんと殿下という人間の事を知らなければ分からないだろう。
貴族家当主の1人として、権力者である彼にすり寄っていれば良い事がありそうだと思う気持ちも、決して無い訳ではない。
しかし。
(そんな殿下が珍しく口にした要望だ。だからこそ叶えてやりたくもなる)
父子ほどにも年の離れた、『保守派』に降臨した小さき君主。
デーラ伯爵がそんな彼に抱くのは、もしかしたら『庇護欲』なのかもしれないが、そもそも彼には以前家が大変だった時に『ハト』として引き上げてくれたという恩もある。
それに報いる事の幸せを既に知ってしまった彼は、その幸福の沼にもうドップリと浸かってしまっているのである。
今更それを、どうにか出来るものではない。
「……あの家に関わると、本当に良い事が無い」
自らに課せられた憂鬱な報告義務を前に、ため息混じりのそんな声を漏らさずにはいられない。
オルトガン伯爵家。
奴らがどれだけ怖いかは、身を以って知っている。
なぜなら2年前、彼自身が手痛いしっぺ返しをくらっているのだから。
その結果アリティーに拾ってもらえたのだから「このポジションにいられる事はある意味ヤツらのお陰だ」と言えなくもない。
しかし、だからといってあんなにも苦い過去の記憶を忘れられる筈も無い。
そんなヤツらの相手として、侯爵は紛れもない上級カードだった。
しかし、やはり。
(流石は彼女の妹、という事か)
そんな風に独り言ちる。
あの家の人間は決して侮ってはならないのである。
たとえそれが、たった10歳の子供でも。
「全く……あの家は、一体どんな教育をしているんだ」
今、口いっぱいに苦い感情が広がっている。
非常に忌々しい。
が、自分如きでは全く歯が立たない事も同時に理解してしまっている。
だって、デビュー以前には全く貴族界に姿を見せることがなく、デビュー時にはもうあの状態なのである。
一体どうやって、あんなのに勝てるというのだろう。
それこそ相手が言い逃れのしようも無いほどの失態を犯したならば喜々として糾弾したいくらいには憎らしい。
が、そんな状況に陥るヤツらは、全くもって想像できない。
結局「手出しは出来ない相手だから」と、前回のアレ以来一度も関わり合いを持たなかった家だった。
しかし、当時からのその方針は、決して間違いなどではなかった。
何故ならば。
「少し手を掠めただけでこの大やけどだからな……」
そう呟けば、もう今日何度目なのか分からないため息がこぼれ落ちる。
幸いなのは、オルトガン側がこちらのやけどに気付いていない事くらいか。
そんな風に思いながら、近い未来に不安を抱く。
「『失敗した』と報告したら、殿下は一体どんなお顔をされるだろうか」
通常通りにほのほのとした表情で「そんなに気にしないで?」とでも言うだろうか。
それとも。
想像は、絶えず湧き上がってくる。
まるで迷子の子供にでもなったかのような心境だ。
平穏な物と激情を孕む想像が交互に心に攻めてきて、激しい不安に苛まれる。
そして、頭を抱えた姿勢を取ってから一体どれほどの時間が経っただろうか。
「……今日はもう寝るか」
結局相手の反応など、いくら予想したところでただの予想でしかない。
デーラ伯爵はそう考えを纏めると、後の思考を放棄した。
そして早々に寝室へと移動して、夢の中へと沈む道を選んだのだった。
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当該話数の裏話を更新しました。
https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991830956
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