第13話 オルトガンへの羨望は ★
テレーサが第二王子の元に嫁ぐ事は、昔から決まっていた事だ。
だから彼の妻は、今日に至るまでずっと厳しい教育を施してきた。
全ては、彼女が王族に嫁いだ時に苦労しないようにする為に。
そしてノートンも、その教育に口を出すような事はしなかった。
だから彼女の欠陥に気付いた時には、もう既に遅かった。
その頃にはもう、テレーサは『周りが期待する自分』を演じる事を覚えてしまっていた。
『自分』という物が無い。
それがテレーサの欠陥だった。
否、彼女にはきちんと物の好みも存在するし、考える頭も持っているのだ。
しかし、その気配が他の子供と比べると酷く希薄になっている。
だから、周りの期待に応える為になら簡単に曲げてしまえる程の拘りしか、彼女は未だ持つことが出来ていない。
譲れない物が無い。
だから例えば、周りが望めば誰かの為に自分さえもを犠牲に出来る。
信用する相手さえ間違えなければ、その献身はある意味美徳と言えるだろう。
しかし、人としてはどうだろうか。
そんなに人間味が薄くて、果たして本人は幸せな気持ちを抱けるだろうか。
それが父親として、ずっと心配だったのである。
しかし今、テレーサの本質に触れようとする子が現れた。
(――セシリア嬢という存在は、もしかするとテレーサにとってかけがえのない存在になるかもしれない)
そう思わずにはいられない。
相手の弱さを看破するだけではなく、それを本人に真っ向から指摘する。
そこには一体どれだけの勇気と胆力が必要だろうか。
少なくともそう簡単なことではない。
それだけはノートンにもよく分かる。
何故ならノートン自身、それが出来なかった側の人間なのだから。
指摘する事で、娘を傷つけたくなかった。
そう言えば聞こえは良いが、つまるところ恐れたのだ。
娘を傷つけることで、自分が傷つくことを。
そんな大人でさえ、父であるノートンでさえ躊躇したそれを、彼女は今日やってのけた。
話を聞くに、おそらく彼女には自分にとって譲れないモノがあったのだろう。
しかしそれでも、最後の方のやり取りも聞いているのだ。
彼女がテレーサとの間の亀裂を望んでいなかった事は分かる。
その一歩が踏み出せたのは、彼女に『強さ』があってこそだ。
その強さはノートンに、一種の恐れを抱かせる。
しかしそれ以上に、羨望を感じずじはいられない。
(自分を傷つける程の正義感。それは紛れも無く、現当主・ワルターの血だ)
垣間見えた『強さ』の先にノートンは、昔のワルターを思い出す。
およそ20年前、当主になった年にワルターは自身の身を切る行為をした。
自領内に蔓延る不正を暴き出して国に報告し、その上で自領内にて不正を働いた官吏達を一斉処分したのである。
それによって王や貴族達からの伯爵領への信頼は一時的に失墜、事務処理をすべき官吏の人数も減ったため彼がすべき仕事も増え、手が回らなくなり――しかしそれでもちゃんと自力で立て直した。
そのためには、それが出来るだけの手腕は勿論、確固たる意志と正義感が必要不可欠だっただろう。
当時、そんな彼にノートンはただただ素直に感嘆した。
歳は自分よりも10も下だし、爵位だって下である。
しかしそれに関係なく、同じ貴族の一員としてノートンは彼に尊敬の念を抱いたのだ。
(珍しく品行方正な貴族。しかしそれ故に、悪事に対しては一層厳しい)
そんな風に、当時のことを思い出す。
その公正さを煩わしく思う者は、当然存在するだろう。
例えばモンテガーノ侯爵なんかが、その筆頭筋である。
しかしノートンは、そこにこそ未来を見た。
ノートンは、小心者だ。
それに『保守派』筆頭という立場もある。
統率を取るためには、常に正しさを貫くという訳にもいかない。
しかし不正を嫌うその心には、間違いなく共感できる。
そして、だからこそ。
(だからこそ、私は彼が手元に欲しい)
志を同じくすれば、上手くやれると思うのだ。
しかしその為にはまず志を同じくする必要があり、それ故にまだその夢は実現になっていない。
今回が、その足がけになると思っていたのだが。
「……機会を逃してしまったな、今回も」
ポツリと零したその言葉が、寂しく静寂の中に染み込んでいく。
元々のプランの失敗、そしてあの家の引き込み失敗。
それらついて、正直言って落ち込んでいる。
しかし済んでしまった事だ、それについては仕方が無い。
そう割り切らなければならないだろう。
深いため息と共に、ノートンは様々な感情を全て体外に吐き出した。
そして、考える。
(結果が伴わなかった事は仕方がないとして……さて、テレーサはどうなるか)
「塞ぎ込んでいるようだ」と、先程使用人は言っていた。
おそらく原因は、友人を怒らせてしまった事にあるのだろう。
今回の件でこじれてしまった2人の仲が、果たして元に戻るのか。
無責任に聞こえるかもしれないが、それはノートンにはどうにも出来ない事である。
最初は「どちらに転んでも構わない」と、そんな風に思っていた。
しかし。
「もし仲直りが出来たならば、私も彼女を娘の『対等』な友人だと、認めざるを得ないだろう」
そうなればそうなったで、喜ばしい事である。
自分の過去の苦い思い出が消えることは決して無い。
しかし今は少しだけ、そう思える様にもなった。
「さて、これからどうなるのか」
微笑混じりに呟かれたその声は、この件について考え始めた当初よりもずっと柔らかな余韻を残して、ゆっくりと室内へと溶けていった。
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当該話数の裏話を更新しました。
https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991822429
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