第14話 『ハト』の苦悩

 


 自室の書斎に1人座って、デーラ伯爵は深いため息を吐き出した。


 今までは、自分が『ハト』である事に誇りと名誉を感じていた。

 しかし流石に今回は、そんな立場を呪ってしまう。


 何故かって? そんな事は簡単だ。


(あの方からの期待を裏切った、その報告をせねばならない)

 

 それが憂鬱で仕方ない。



 失敗。

 その言葉がこれほどにも重いものだったとは、今まで一度も思わなかった。


 失敗と呼ばれる様な物事には、今まで何度か遭遇してきた。

 しかしそんなモノ大したものでは無かったのだと、そんな風に思えるくらいのプレッシャーを今の彼は感じている。



 告げられた言葉から正確にその意図を読み取り、それが成せるように周りに働きかける。

 それが『ハト』である彼の仕事だ。


 早い話が伝言係の使いっパシリ。

 しかし王子と直接言葉を交わす事を許されるのは、それだけで名誉な事だ。

 誰にだって任される様な役割ではない。


 だから先日第二王子から召喚命令を受けた時も、デーラ伯爵は何の躊躇も憂鬱もなく彼の元にはせ参じた。

 寧ろそこには「自分を必要としてくれている」「彼のお役に立てるのだ」という充実感さえ感じていたのだ。



 あの日、彼はそこで2つの『要望』を聞いた。


 その内の1つは、現在滞りなく進行中だ。

 きっといい報告が出来るだろう。


 しかし、もう1つが頓挫した。

 少なくともデーラ伯爵にとって、それは晴天の霹靂だった。


 まさかあの方が失敗するなんて思いもしなかった。

 そんな所、全く想像出来ていなかった。


 間違いないと思っていた人の失敗に、勝手に裏切られた様な気持ちになりかけて、伯爵は「いやいや」と首を横に振る。


 人選は任されていた。

 あの方を選び殿下の『要望』を託したのは、紛れもない自分である。

 失敗したからといって彼にだけ責任を押し付け腹を立てるのは、流石にちょっとお門違いだ。


 それに、だ。


(成功をお知らせする名誉も、失敗をお伝えする責任も、やはり『ハト』である自分の役目だ)


 この役目に彼は彼なりのプライドを持っている。

 しかし王子に失敗を伝えるのは、彼が『ハト』になって以来今回が初めての事でもあった。

 だから、殊更に胃が痛い。



 デーラ伯爵は、再び深いため息を吐いた。

 そんな彼の脳裏に過るのは、先日の殿下とのやり取りである。




  


「やぁ、デーラ伯爵。元気かい?」

「はい。殿下もお元気そうで何よりです」


 殿下の執務室に通されて、デーラ伯爵はまず最初に膝をついて礼を取った。

 すると彼は、朗らかな声でこう告げる。


「デーラ伯爵に、お願いがあってね」

「何なりと仰ってください」


 即答だった。

 当たり前だ、だってそれが『ハト』の役割なのだがら。


 そしてその声に、殿下は「まず一つ目」と人差し指を空に向かって立てる。


「セルジアット子爵家の三男は知っているか?」

「はい、何でも鉱物関連で既に専門家を凌ぐ知識を有するという――」

「そう。彼の才能はこの国にとっての宝と言っても過言ではない。だからね、彼には早めに婚約者を付けて是非とも研究に専念して欲しいんだ」


 国にとっての宝。

 その言葉に、デーラ伯爵はまず驚いた。



 確かに彼はセルジアットの血を継ぎし者として、幼いながらも名を馳せている。

 しかし、彼は確か社交嫌いだった筈だ。


(一体いつどこで彼と交流を持ち、殿下にそう言わせるほどの何かを示したのか……)


 そんな疑問を胸に抱いたが、残念ながら今の所伯爵の中に答えは無い。


 しかし王子にそう言わしめる人物だ。


(もしかしたら、これは少し調べておいた方が良いかもしれない)


 彼は『保守派』陣営の家の子供だし、第二王子のお気に入りともなれば関わる事も増えるだろう。

 それに、自分も『ハト』として将来彼と何らかの接点を持たねばならなくなる可能性だってある。


 伯爵は心中で「ふむ」と頷きながら、心のメモにその必要性を書き込んだ。

 そして彼に「かしこまりました」と了承する。


 すると彼は「次に、だけど」と言ってニコリと微笑んだ。


「はい、何でしょう?」


 そう応じれば、彼はゆっくりと口を開く。


「最近社交界を賑わせている僕の噂の事は知っているか?」


 そう問われ、デーラ伯爵は少し考える。


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