第12話 悪い父親
ノートンは「はぁ」と深くため息を吐く。
(まぁこちらは、オルトガン伯爵家の性格を考えればこうなる可能性は決してゼロでは無かったが……)
社交の中では、時には友人関係を捨ててでも自分の領地や立場を維持する為に相手と対立せねばならない事もある。
少なくともオルトガン伯爵家は、必要ならば躊躇なくそうするだろう。
だからその娘だから同じ様な気質を持っていても、何ら不思議は無いのだが。
(そうは言ってもまだ子供、頭では分かっていてもつい感情に流される未熟さは少なからずあるだろうと踏んでいた。そして、それこそがこちらの付け入る隙だとも。それなのに)
と、ここまで考えて、ほんの一瞬とある可能性に思い当たった。
もしかしたら執心していたのはテレーサの方だけで、セシリアの方は全くそういう感情を抱いていなかったのではなかろうか。
もしそうならば、確かに足枷としては機能を果たさないだろう、と。
しかし以前調べさせた時の2人は、とても仲が良さそうだった。
それにお茶会最後の様子を聞く限り、セシリアの方にもテレーサに傾ける情はあったと推測できる。
ならば結局単純に、友人関係はセシリアが手加減をする理由には成り得なかったという事なのだろう。
既にここまでの教育が施されているなんて。
そう思えば怒りや憎さを通り越して、思わず苦笑が込み上げた。
もう完全に敗北である。
しかしそんな風に振り返り、自身の目算の甘さを幾ら反省したところで、娘の友人関係を引き裂く事になった事実は変わらない。
否、それだけではない。
元々彼は『保守派』の性格をそのまま写したかのような、伝統を重んじ変化を嫌う、慎重な男である。
そんな彼がこの結果に行き着く可能性に思い当たらない筈がない。
つまり彼は、最初からこの可能性に気付いていて、それでもこの策を強行した。
この事実も変わらない。
そんな彼を、大半の人間は「悪い父親だ」と思うだろう。
だって彼は、セシリアとの友人関係についめ楽しそうに話すテレーサの姿を知っていたのだ。
知っていて、彼は家や派閥の為に娘を騙し打ちのようにして裏から操り、仲違いの原因を作ったのである。
そしてそれらは娘の気持ちを蔑ろにする事以外の何物でもない。
しかし、彼には彼なりの思惑もあった。
「……これで『対等』な友人などという幻想があの子の前から消えてなくなるのなら、それはそれで良い事だ」
ポツリと、呟くようにノートンは言う。
勿論、今回の最善はセシリアがこちらの思惑に素直に乗り、首を縦に振る事だった。
しかしノートンは、ずっと気になっていたのだ。
セシリアの事を慕うテレーサの危うさが。
過去にノートンは、友人関係で痛い目をみた事があった。
地位が高いとありがちな、所謂『上辺だけの友人』というやつによってだ。
こちらも最初っからその気でいれば、おそらくそれほどの精神的ダメージを負う事も無かったのだろう。
しかし当時のノートンは、純粋な友人関係というものを決して信じて疑わなかった。
彼らがただ『地位についてきているだけの友人』だなんて、微塵も思わなかったのである。
真実を知る、その瞬間までは。
彼は自身の実体験に基づいて「『対等』な友人なんて、ただの一方通行でしかない」と知っていた。
そしてそうと気付いた時の屈辱や苦しみや悲しみや。
そんな負の感情から娘の事を守ってやりたいと、ずっとそう思っていた。
だからこそ、ノートンは周りを固めたのである。
決してテレーサを傷付ける事の無い、従順でテレーサを頂点にいただく事に何の疑問も抱かないような子供達で。
それなのにテレーサは、自ら鳥かごの外に出た。
しかも向かった先は、あろう事が無派閥かつ権力に屈しないオルトガンの娘の所である。
あの家の攻撃力は折り紙付きだ。
心配しない筈がない。
しかし今ならまだ、鳥かごはすぐ隣である。
出会ったままないならば、まだ傷は浅かろう。
どうせこの先何かが起こってしまうなら、傷が浅くすぐ帰って来れる距離に居る間の方が良い。
つまりノートンは、テレーサが夢から覚めるなら、それはそれで悪くない思っていたのだ。
しかし。
(セシリア嬢に対しても、他と例外なく「テレーサの友達としての能力は無い」とたかを括っていたのだかなぁ……)
そんな彼の考えは、良い意味で見事に裏切られた。
「『もし貴方が意図せず私を攻撃したというのなら、それは貴方が誰かからの受け売りを鵜呑みにして、そっくりそのまま出力しているに過ぎないからでしょう』。そう、セシリア様が仰っていました」
使用人からこの言葉を聞いた時、ノートンは確かにそこに一筋の光を見た。
(あの短い時間で、彼女はそこに気が付くのか……!)
ノートンは、驚きを通り越して感嘆さえ胸に抱いた。
何故ならば、その言葉はテレーサの本質を見抜いたからこそ出るだろう言葉だったからである。
そう。
テレーサには一つ、欠陥と呼んでしまえる欠点がある。
それこそが、彼女の言い当てたソレだった。
しかし、なまじ幼い内から社交の仮面を被らせているからか、今まで一度も彼女のその部分が周りに気取られた事はない。
今まで上下関係としてしかやり取りがなかった関係ではあるが、それでも大人相手にさえ見抜かれなかった事なのだ。
それを彼女は見抜いたのだから、驚かずにいられる訳がない。
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