第10話 愚かな私 ★
ここまで思い出して、テレーサは「あぁ」と落胆の息を吐きだした。
「セシリア様の言う通りね」
そう呟けば。またハラリと涙が溢れる。
抱いた落胆は、自分自身へのものだった。
あの時から今の今まで、テレーサはほんの一ミリだってセシリア自身の気持ちを考えてなどいなかった。
その事に、テレーサはやっと気が付いた。
耳障りの良い言葉を鵜呑みにし、「お父様のいう事だから」と疑問を抱くことさえ放棄して。
その上父の言葉の中に自分の願いを混ぜ込んで、『誰もが幸せになる未来』と名付けて綺麗に綺麗にラッピングした。
しかしそんな体裁だけを整えたものなと、きっとセシリアには全てお見通しだったのだろう。
聞いてもいない内から勝手に彼女の『利』を決めつけて、彼女の拒否を勝手に謙遜だと決めつけた。
そうして無理矢理押し付けた贈り物に、対する彼女は頑なだった。
首を縦に振らない彼女に、テレーサは焦り、痺れを切らした。
だから安易に、あんな言葉を口にした。
セシリアが領地や領民を大切に思っている事は、テレーサだって知っていた。
だからそれを武器にした。
「これを天秤に掛ければ彼女もきっと折れるだろう」と、そう思った。
彼女が折れるための建前を用意したつもりだった。
まさか彼女が、本気で拒否しているだなんて全く思いもしなかったのだ。
だから思わぬ猛攻に、テレーサは混乱し悲しくなった。
今。
先ほどよりも冷えた頭で考える。
全ての原因は、自身の中の身勝手な願いだったのだろう。
もっと冷静だったならば。
もっと視野が広ければ。
そうしたら彼女が本当に困った顔をしているのかどうかなど、一目で分かったのかもしれない。
『もっと仲良くなれる』という甘い誘惑に、『父から褒められる』という一時の優しい温もりにもし打ち勝てたなら、この結末は違っていたのだろうか。
そんな風に考える。
父からのお願いに、テレーサは張り切った。
まず、詳細をまだ知らないという招待客の両親達から話の横やりを入れられる事を避ける為に、父からの助言で『大人禁制』というルールを作って締め出した。
招待客は、テレーサ自身が統率し易い人に絞り、お茶会前にその子達とは話をしておく。
噂の事、私の気持ち、そして「協力して欲しい」という事。
それらを全て、誤解の入る余地も無いほど懇切丁寧に説明した。
しかしそこまで準備万端で臨んだお茶会は、結局『彼女の為』という免罪符を手に対抗し、ただセシリアの心を無視して押し付けて、彼女を傷つけ、失望させた。
「私、それなのにセシリア様に『酷い』だなんて……」
今までテレーサは、ただの一度も彼女と話していて傷付けられた事など無い。
それなのに、そんな彼女を裏切るような真似をして、『酷い』のは一体どちらなのだろう。
そう思えば、涙は一層止まらない。
今更気が付いたって、もう元には戻らない。
一度口から出た言葉達を今更無かった事になんて出来はしない。
「――残念です」
悲しげに告げられた最後の言葉が、ザクリと深く胸に刺さる。
実体のない痛みが心を侵食していく。
少なくとも今お父様には会いたくない。
これは全て、自身の言動が招いた結果だ。
幾らお願いされたとしても、断る事も出来た気がする。
だから自分のせいなのだ。
そんな事は分かってる。
でも顔を合わせてしまったら、きっと思わず言ってしまう。
お父様があんな事を言ったから、と。
もしそんな事をしたならば、私は一層私自身に幻滅する。
だから、会えない。
(……結局私は、どこまで行っても自分の事しか考えられない愚か者なのですね)
ペタンと座った足の両膝を、まるで寒さに耐えるかのように抱え込む。
膝に顔を埋めるその姿は、間違いなく『侯爵令嬢にあるまじき所作』だろう。
しかしそんな事を気にする様な気力さえ、今のテレーサには存在しない。
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当該話数の裏話を更新しました。
https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991816162
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