第9話 使命感に当てられて
そんな娘に、父が「大丈夫だ」と言って笑う。
「お前はセシリア嬢さえ奮起させれば良い。そうすれば後は彼女自ら親を説得してくれる」
そう言って、テレーサの肩に手を乗せる。
「なに、お前はただ『セシリア様と殿下の婚約を応援している』というこちらの立ち位置を示し、彼女にとってのメリットを先程話した通りに彼女に教えてあげれば良いだけだ。簡単だろう?」
そう言われて、テレーサは少しホッとした。
確かにそれくらいなら、セシリアはやってのけるだろう。
そして大人はまだしも説得するのがセシリア1人で良いと言うのなら、テレーサにも出来る気がする。
しかしそれでも。
(これはセシリア様の大事な将来を左右するお話。「出来る気がする」だなんて曖昧な状態で、簡単に了承する訳には……)
最後に残った彼女の純粋な善良さが、その決断を躊躇させた。
しかし折角思い止まったそれも、次の言葉で泡と消える。
「これはまだ非公式な話なのだが」
そんな風に前置いて、ノートンがこう告げた。
「近々我が『保守派』は、その理念に従い大きく動く事になる」
その言葉に、テレーサは酷く驚いた。
結成以来、『保守派』は一度たりとも理念に従った能動的行動を起こしていない。
それはまだ10歳のテレーサだって言っているくらいメジャーな話だ。
大きな旗を掲げながら、結局今まで『保守派』陣営は、『革新派』の反対勢力としての機能しか果たしていない。
すなわち『保守派』の活動は、戦争を否定し抑止力になる事ばかりだった。
だからこそ父の「『保守派』の理念に従い」という枕言葉に、テレーサは否応なく驚いたのだ。
「これが成れば、『保守派』が強い力を持つ事は確定だ。もしセシリア嬢の婚約話がこれに間に合えば、オルトガン伯爵家にも大きな利を分け与えてやる事が出来る」
そう言った彼の声は、酷く確信に満ちていた。
おそらく彼には、そう思わせるだけの確固たる確信があるのだろう。
少なくとも、テレーサが思うには十分な強さを秘めている。
(その根拠が何なのかは分からないけれど……お父様が言う事だもの、間違いないでしょう)
テレーサは、この時そう思ってしまった。
そして、その根拠を話してくれない事に関しては「私には必要無い情報だからなのだろう」という事で片付ける。
「いずれは殿下の妃になる令嬢の実家だからな、本当はそういう事を垣根無くしてやりたい所なのだが……」
それでは『保守派』の連中への筋が立たん。
そう言って、彼は少し困ったような顔をする。
「事を起こすよりも前にこの婚約を事実化せねば、残念ながらあの家は利を取り損ねるだろう」
今の状態でもしも『保守派』筆頭たる彼が行動を起こせば、間違いなく他の『保守派』達の反感を買う。
得られた利は山分けだ。
頭数が一人増えれば、それだけ個人の分け前が減る。
部外者をその数に入れて自家の取り分が減る事に反感が出るのは当たり前だ。
筋が通った話だったし、何よりも本当に残念そうな父の顔が嘘をついている人間の顔だとは、少なくともテレーサには思えなかった。
父が悩み、残念がっている。
テレーサの目の前にある事実はそれだけで、セシリアだってこのままでは利を逃してしまう。
そして何よりも。
(この件の知っていて、尚且つセシリア様を説得出来る人間は、私以外に誰も居ない。ならばやるしかありませんっ!)
そして何より、セシリア様ともっと仲良くなる為に。
そんな意気込みが、テレーサの使命感に火を点ける。
その炎は、彼女の中の懸念や不安を一瞬で燃やし尽くして、まるで最初から何も無かったかのような心地になった。
「お父様。私、頑張ってみます!」
「……そうか、では頼む」
テレーサの声に、聞き慣れた父の柔らかい声と大きな手が、ふわりと頭上から振ってきた。
柔らかくて暖かいその感触に、テレーサは嬉しそうな顔で目を細める。
奮起に赤らんだ頬が更に上気した理由は、きっと滅多に与えられない父の期待とセシリアの未来を背負っているからなのかもしれなかった。
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