第8話 甘い誘惑は蜜の味



(つまりそれは、私達が公然と『対等』で居ても良いという事になるのではないかしら)


 なんて素敵な事だろう。

 そう思うと同時に、テレーサは決意する。


(これは是非とも、セシリア様を殿下の妃にしなければ!)


 これが、彼女の闘志に火が付いた瞬間だった。


「勿論その分お妃教育は少し大変かもしれんが……それだってセシリア嬢の力量ならば大して問題にはなるまい?」


 そんな風に尋ねてきたノートンに、テレーサは先程よりも深く頷く。


 確かにセシリアはテレーサとは違い、王家に嫁ぐ予定が無かった為、その分様々な事について詰め込む必要があるだろう。

 

 しかし彼女が優秀である事は、その所作からも言葉からもよく分かる。

 彼女ならきっとそつなく熟すだろう。

 それは想像に難くない。


 それに、確かにこの話はセシリアにとっても十分に利がある話のようだ。

 彼女だってきっと喜ぶに決まっている。


(彼女の為にも婚約すべきよ!)


 テレーサはそんな風に独り言ちた。

 しかし、そこには処理すべきモノが一つ立ちはだかっている。


「お父様っ! セシリア様は何故このお話を保留にしておられるのでしょうかっ?」


 声を荒げる寸前でどうにか押し留めながら、テレーサは父に答えを求める。


 彼女の事だ、利があるのにも関わらず即答しなかったのは、おそらく何らかの障害があるからだろう。

 

 どうにかしてそれを取り除きたい。

 そんな風にはやる気持ちを、目標達成を目前にぶら下げられたような気持ちのテレーサは抑える事が出来ないでいる。


 するとノートンが残念そうな顔になってこう言った。


「どうやら彼らは、周りからの反発を嫌っているらしいのだ」

「でも王族公認の間柄なのだから、他貴族達は手を出せないのですよね?」

「それはあくまでも『表向きには』でしかない。人の内心はどうにも出来ん」


 テレーサの「大丈夫なのでは?」と言いたげな声にも、ノートンは首を横に振った。



 子爵以下からは、おそらく表立った反発は無いだろう。

 しかし同格以上の家からの反発はあるだろう。


 王族の手前もある。

 だから声を上げる事はないだろうが、そういった反発心は見えない所で牙を剥く。

 

 それがノートンの考えだ。

 


「派閥に所属していないから、後ろ盾が存在しない。結局それが踏み切れない原因なのだろう」


 まぁそれは自ら派閥入りを避けてきた事が響いての事だから、自業自得なのだがな。

 そう言った父の声に、テレーサは途端に元気を失くした。



 セシリアともっと仲良くなる、いい機会だと思ったが、後ろ盾云々の話となるとテレーサにはどうにも出来ない。


 そう思って、視線を落としたその時だった。


「しかし手はある」


 その言葉に、テレーサは慌てて視線を上げる。

 するとそこには優しい笑みの父親が居て。


「要は彼らに後ろ盾があれば良いのだ。そしてその準備が、私にはある」


 そんな父の言葉を聞いて、テレーサの頬は喜色に染まった。

 しかしそれには条件が一つ足りないようだ。


「こちらには準備がある。しかし向こうはおそらく、こちらの手を取る事に躊躇するだろう」

 

 私と伯爵では、大して接点も無い。

 派閥も違う。

 そうしてもらう義理がない。

 もしかしたら以前派閥入りを打診した時に断った事を、気にしているかもしれんしな。


 そう言って、彼は「だから」とテレーサに言う。


「その橋渡しをお前にお願いしたいのだ。セシリア嬢と仲の良いお前の言葉なら、あちらも少しは手も取り易いだろう」


 セシリア嬢にこちらの意志を伝え、後ろ盾の存在を伝える。

 その仕事をお前に頼みたい。


 諭す様な声で、そうノートンが言った。

 それに彼女は即座に頷く。

 


 テレーサだって、セシリアに手を貸すのは賛成だ。

 むしろ願ってもない事だから、父に協力するのはやぶさかではない。


 しかし、テレーサには一つ懸念があった。


「そのような大役、私に務まるのでしょうか……?」


 殊人身掌握においては、テレーサには同派閥の子達の取り纏めをしてきたという実績がある。

 しかし今回の事は、本人だけではない。

 セシリアの向こう側にも、こちらの意志を届けなければならないのだ。


(子供相手ならば未だしも、大人の決意を引き出す事が果たして私に出来るのでしょうか)


 大人相手という『初めて』に、自信が萎む。


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