第7話 照らされた筋道



 派閥も年齢も同じ、その上爵位の問題もこれ以上に無いとなれば、周りがテレーサを「『保守派』が頂く第二王子の妃に」と望むのは自然な事だ。

 テレーサは、それがちゃんと分かっている。


 そして彼女は実際に、これまでずっとそんな周りの期待を受け入れ「いずれは王妃になる予定の侯爵令嬢」として日々自分を磨き続けてきたのである。



 結婚という未来に、彼女は決して夢を抱いていない。

 もちろん悲観している訳ではないが、一方で「すべき事」という枠組みを越える事もない。


 ずっとそう教えられてきた彼女としては、する事は前提として、後は周りの期待に答えられる結果が出ればそれで良い。

 そう思っているのである。


 そして実際、爵位的にも派閥的にも、十中八九本妻はテレーサで決まりだろう。

 だから、それ以外がどうだとしても特に焦る事は無い。


 

 それに、だ。


「正妃の成すべきを考えれば、セシリア様がそのお立場になる事は私にもプラスに働くと思いますし」


 正妃の成すべき。

 それには様々な物があるが、一番はやはり他の側妃たちを上手く取り纏める事だろう。


 そう考えれば、既に『対等』な友人関係にあり親しくしているセシリア相手は都合が良い。

 

 それに、何より。


「私は彼女を尊敬していますし、大好きです。折角ならばそんな相手と共に国を支えたいです」


 つまり彼女はテレーサ的にも、これ以上に無い程の優良物件という訳だった。



 自身の感情に一つの嘘も付かずにそう言い切ったテレーサは、父から見てもどうやら「合格」だった様である。


 穏やかな声で「そうか」と言って、ノートンは表情に安堵を浮かべた。

 そして、言う。


「セシリア嬢は既に王族方から『殿下の傍に侍る』事を承認された身だ、先方とて最終的に辞退する様な事は出来まい」


 そんな言葉に、テレーサはまた驚いた。

 何度か聞いた「2人の交流は王家公認らしい」という社交界のあの噂は、どうやら真実だったらしい。

 密かにそう思っていると、父は少し困った様な顔になる。


「何よりこれは、セシリア嬢自身にとっても間違いなく良い話だ。しかしどうやら返事は保留状態らしい」

「良い話、なのにですか?」


 そんな話を、あの頭脳明晰なセシリアが果たして断ったりするだろうか。

 それに、だ。


(そもそもセシリア様にとって、これは本当に良い話になのでしょうか……?)


 そんな風に独り言ちる。



 少なくとも現状でテレーサは、彼女にとってのこの話が『悪い』とは思わなくとも決して『良い』とも思えなかった。


 何故ならば。


(私にとって、第二王子への輿入れは「『保守派』筆頭としての責務」という認識です。しかし彼女に背負っている物はない)


 派閥を上手く機能させる。

 それはテレーサが生まれつき持つ使命の様な物である。


 その使命を果たす為に、テレーサは第二王子と結婚するのだ。



 対して、セシリアはどうだろう。

 

 彼女にその法則は適用されない。

 何故なら彼女は、背負うべき派閥を持っていないから。




 しかしそんな彼女の疑問はすぐに、ノートンが打ち消した。


「テレーサはずっと前から自身の立場を当たり前だと思ってきたから、もしかしたらあまりピンと来ないかもしれないが……『殿下の元に嫁ぐ』という事は、本来その家にとって非常に名誉な事なんだ」


 そう言って、彼は娘に説明をする。



 まず、彼女の家は伯爵位だが、元々の自力が高い事。

 そしてもし婚約が成れば、その影響力は実質的に侯爵位にも並ぶだろうという事。

 そして最後に。


「名誉だけではなく、実家への貢献度も高い。つまりセシリア嬢側に、本来断る理由など無い」


 ノートンはそう言い切った。


 

 そんな彼を前に、考える。


(それなら確かに、これはセシリア様にとって、とても『良い』お話なのでしょう)


 と。



 少なくともテレーサにとって、両親の為になれる事は喜びだ。

 そしてそれは、言葉の端々に両親への尊敬を匂わせていたセシリアだって同じだろう。

 

 ならば、頷かない道理は無い。



 そう思った時だった。

 ノートンが続けてこんな事も言う。


「それに第二王子の元に嫁げば、私達とも『もっと仲良く』なる事が出来る」

「もっと仲良く……ですか?」


 それはテレーサにとって、思いの外魅力な音色で心に響いた。



 社交の場で会えば、テレーサは必ず話しに行く。

 それはもう決まり事のようになっていて、セシリアもそれを快く受け入れてくれている。


 そして、この時の2人は『対等』だ。

 誰に邪魔される事もなく、互いに良い意味で遠慮しない。


 しかし侯爵令嬢が伯爵令嬢、派閥筆頭家の娘が無派閥の娘だ。

 そんな2人が『対等』になる事を、周りは決して許してはくれない。

 

 当事者たちがどう思っているかは関係ない。


 本来上下関係があって然るべきな相手同士が大した関係性も無かった所から急に『対等』になる事は、間違いなく内外の反感を買う事になる。

 これは一種の贔屓のようなものなのだ。

 つまり周りからすると不公平なものであり、もしそれがバレればテレーサは間違いなく周りから嗜められるし、セシリアの方も周りからの風当たりが強くなる事必至である。


 だから2人が『対等』である事は、今まで暗黙の了解で、互いに口外していないし、周りに人が集まる場所ではそうと気取られるような会話も自然としない。


 しかし。


「もし双方が妃という立場になれば、同列とまではいかなくとも、その距離は確実に近くなる。少なくとも周りからは一線を隔すのだ、とやかく言われる事はない」


 そんな父の声に思わず、テレーサはパァーッと顔を明るくした。


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