第6話 確定を前に思う事
確かにテレーサも、セシリアとアリティー殿下の交友関係については少なからず知っている。
そしてそれを取り巻く噂についても、同じく聞き及んではいる。
しかしテレーサが知っている噂というのは、まだそこまで話が具体的ではなかった筈だ。
テレーサが知っているのは、精々「アリティー殿下がセシリア様に目を掛けていらっしゃる」とか「セシリア様とアリティー殿下との交流は王家公認らしい」とか、その程度のものでしかない。
(いえまぁ、それでも十分に凄い噂ではあるのですけれど)
例えば学校生活が始まる12歳以降なら、そういう類の噂が出始めるのも頷ける。
それこそ同じ空間で子供達が長時間共に過ごすのだ、友情も愛情も育って然るべきだ。
しかも第二王子ともなれば、注目されるのなど目に見えている。
少なからず噂の種になるだろう。
しかし今は、まだ集団生活も始まっていない。
初見の相手も多いというこの時期に、婚約関係にも無い2人の間にそんな噂話が立つ事こそ、非常に珍しい事だった。
しかし今父から聞いたソレは、その『珍しい』さえも飛び越えて、一気により具体的かつ大きな話になっている。
「それは本当なのですか?」
疑問のままにそう尋ねると、父は苦笑しながら答える。
「こんな断定的な内容だ、例え冗談だとしても、王家の意に沿うか分からない状態で口にする事など出来ないさ」
そんな彼の説明に、テレーサは「確かにそうだ」と頷いた。
王家の意に沿わないどころかもしも不快にさせてしまったら、最悪極刑だって考えられる。
これもまた、以前母から教えられた事だった。
逆に言うと、それがあるから今までアレ以上の噂にならなかったと言っていい。
その上での具体性があるこの噂だ。
テレーサの中では、父の言葉が何やら一気に現実味を帯びてくる。
だから。
(つまり、アリティー殿下はセシリア様を「自分の妃に」と望んでいるのですね)
テレーサの中で今正に、それが確定事項となった。
そしてテレーサは、その『事実』を前にして。
「流石はセシリア様ですね!」
嬉しそうな声を上げる。
テレーサの思いの外嬉しそうな声に、父・ノートンは少し驚いた様な顔をした。
「この噂についてテレーサはどう思っているのか、聞いても良いかい?」
「えぇ! とてもお似合いな2人だと思いますっ!」
友人として、とても誇らしい気持ちです。
確認する様なノートンの声に、テレーサのそんな即答が飛ぶ。
テレーサの中には今、満面の笑みを浮かべながら仲良さげに並び立つ2人の姿が見えていた。
これは正しく妄想でしかなく、そんな姿は実際に見た事なんて無い。
しかし少なくともテレーサにとって、それは容易に想像出来てしまう事だった。
そしてそんな彼女の感情は、ただ素直に表情へと現れる。
輝かんばかりの笑顔で、2人の関係性に好意を示すテレーサに、ノートンは小さく「そうか」と零した。
そして、思わずといった感じで苦笑する。
何故そんな顔をするのだろうか。
テレーサはそんな風に思いながら首を傾げた。
すると、その気持ちが伝わったのだろう。
父が「いやなに」と言って口を開く。
「もしかしたら別の反応が返ってくるかもしれないと、そう思っていただけだ」
「違う反応、ですか?」
重ねて「分からない」と言いたげな、言葉と表情。
そんな娘に、彼は波紋が起きる事を覚悟で明確な一石を放り投げた。
「『保守派』筆頭家の娘として、これまでずっと殿下と結婚する事を望まれて育ったからな、お前は。だからそこに横槍が入る事に関して一体どう思うのだろうと思ってだな……」
それは正に、ノートンの中の親心と言って差し支えない。
何の事はない。
彼はただ好きな相手を友人に掻っ攫われるかもしれない状況の娘を心情を慮ったのだ。
しかしそれは杞憂に終わる。
テレーサは思わず「何だ、そんな事」と思いながら、笑みを零してこう言った。
「大丈夫ですよ、お父様。私は特段殿下に想いを寄せている訳ではありませんし、どちらにしても彼に側妃は必要でしょう?」
彼女は無垢な表情で、そんな風に父に答えた。
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