第3話 いじけセシリア ★



「……あぁ、そうか」


 思わずそんな言葉が出るくらいには、それは劇的な納得だった。


 気付いてしまえば簡単だ。

 あまりに単純で明快でしょうもなくて、思わず口角が上がってしまう。


「お前、仲違いしてた所から仲良くなるっていう経験はあっても、仲良かった奴と喧嘩した経験って無いんだな」


 つまりコイツは「嫌われたくない」と思える相手と喧嘩をした事がない。


 だから分からないのだろう、仲直りの仕方が。

 だからこんなにも、未知に怯えているのだ。



 そう思えば年相応の可愛い悩みに、「未知にはいつだって目を輝かせながら突入していくセシリアが今はソレに恐怖を抱いている」という今の構図が重なって、何だかとっても可笑しくなった。

 

 そのお陰で、ニヤニヤフヨフヨとしてしまうゼルゼンの顔。

 そしてそれが見えたのか、見えていないのか。

 セシリアがくぐもった声で「……ぐぅーっ!」と唸った。


 それは正に、肯定のニュアンスだった。

 少なくともゼルゼンには、そう聞こえた。



 その声に、堪えていた笑いが遂に決壊の時を迎える。


 思わず「ブフゥーッ!」と盛大に吹き出すと、彼女は途端に丸めていた体を伸ばし、うつ伏せのままで両足をバタバタさせて暴れ出す。


 そんな行動から彼女の心情が透け過ぎるくらいに透けて見えて、それが更に笑いを誘う。


「『笑わないで』って、そんなの無理に決まってるだろ」


 だって、こんなに自分のペースを乱されているセシリアなんて今まで一度も見た事が無い。

 可笑しくて、可愛くて。

 こんなの『笑うな』っていう方が無理な話だ。



 しかしまぁ、曲がりなりにも友人だ。

 あまり機嫌を損ねるのも面白くない。


「ま、まぁまぁ。そんなに怒るなって」


 激し過ぎる彼女の抗議に、まだ若干フヨフヨと浮く口元を押さえて「落ち着けよ」と宥めに掛かる。



 しかし彼女はバタバタするのはやめたものの、まるで「テコでも動かないからねっ!」と言いたげに枕に両手でギュッとしがみついている。


 そんな彼女に思わず苦笑しながら思うのだ。

 本当にこの子は手が掛かる、と。


 この少女は、普段は大人顔負けの癖に変な所でこうして子供になるからちょっと困る。


 まぁしかし。


(だからこそ俺という執事が必要とされるのかもしれないんだけど)


 そう思えば、何だか途端に愛しい様な気にさせられた。


 


 今目の前に居るのは、『落ち込みモード』から『いじけモード』へと移行した彼女の背中だ。


「……思考が論理的な分、大人相手の方がよっぽどやりやすい」

 

 そんな風に愚痴をこぼす彼女に、ゼルゼンは「まぁ確かに」と苦笑する。



 貴族として思考が成熟しているセシリアからすれば、感情だけで子供な行動に出る相手よりも同じく貴族として成熟した思考回路の持ち主の方がやりやすいだろう。

 

 同じ『感情的』であっても、大人は少なからず損得を考える。

 しかし子供はそれが少ない分予測しにくい。

 ちょうど出会ったばかりの頃のセシリアには、まだ少しそんな部分も残っていた。

 だから彼女の気持ちも十分分かる。


 

 ここまで考えると、ゼルゼンは一度「ハァ」と息を吐いた。

 そして、こう考える。


(全く、仕方がないヤツだ。まぁ、紅茶を淹れてやるか。そうすればきっと、その香りに釣られてコイツも起き出してくるだろうし)


 紅茶を飲んで、好物のお菓子を食べて。

 そうすればきっと気持ちも少しはマシになる。


 今後の事は、それからゆっくり考えれば良い。







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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991729881


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