第16話 諦めと落胆と ★
怯える彼女。
今にも泣き出しそうな彼女。
そんな彼女の反応に、セシリアは周りに気付かれないように「はぁ」とため息をついた。
本心を言えば、セシリアだってこんなやり取りなんてしたくはなかった。
もちろん自身の平穏な生活を守るためもあるが、それだけでは今のような言い合いにはならなかっただろう。
彼女が触れてしまったのは、セシリアの中の『貴族の義務』に抵触するものだった。
それが今回のこの結末の原因だ。
つまり今の現状は、彼女の話題選びと告げた言葉に起因している。
だというのに、それを『酷い』だなんて。
(面倒事を押し付けられそうになって、回避する為にわざわざこんなやり取りをしなければならなくて。それで『酷い』なんて言われて。こんなの寧ろ私の方が『酷い』と言いたい)
セシリアは、そう心中で不平を漏らす。
しかしそれは、あくまでも心中でだけの出来事だ。
表面上はあくまでも、微笑を湛えたポーカーフェイスを貫き通す。
「テレーサ様、私は別に貴方と仲良くしたくない訳ではありません。しかし殿下との婚約がその近道だとも思いません。そもそもそんな事をして結んだ友人関係になんて私は興味、ありません」
そんな友人関係なんて、所詮は立場が崩れば切れる縁だ。
そんなもの、セシリアは微塵も欲しいだなんて思わない。
「もし貴方が意図せず私を攻撃したというのなら、それは貴方が『誰かからの受け売り』を鵜呑みにして、そっくりそのまま出力しているに過ぎないからでしょう。その誰かに私への配慮が全く無かった、つまりはそういう事なのです」
相手の事を考えない言葉である限り、彼女の言い分はセシリアへの押し付けにしかなり得ない。
その上での『セシリアの為』という言葉は、実に空々しく響く。
そこまで言い切ると、セシリアは一度小さく息を吐いた。
背中越しに慣れ親しんだ気配を感じて、口元に本当の微笑が浮かぶ。
(ゼルゼンは、やっぱり私にとって一番の執事だ)
指示は愚かアイコンタクトさえも交わさずに動いてくれた彼に賛辞を送りながら、セシリアはスッと席を立つ。
絶妙なタイミングで引かれた椅子に邪魔される事なく席を立つと、彼女に対して最初のように美しい礼を取る。
本来、お茶会の途中で退席する事はホストへの無礼に値する。
しかしこの状況では、中座も致し方無いだろう。
「申し訳ありませんが、今日はこれにて失礼いたします」
そう言って、セシリアはゆっくりと歩き出した。
グスリグスリという囀り達に背を向けて、1歩、2歩と歩みを進め、しかし3歩目で一旦立ち止まる。
ため息のような本音を、セシリアはどうしてもこの場で吐き出さずにはいられなかった。
「私は『対等』な友人である貴方に、今までずっと最低限の配慮はしてきたつもりでした」
そんなに大きな声では無かった。
しかし涼やかなその声は、しんと静まり返ったこの場には良く響く。
紡がれた言葉は、真実だった。
彼女との会話の中で、いつだってセシリアは言葉を選んで発言していた。
彼女が取り巻き達の事を『窮屈だ』と感じている様だったので、なるべく彼女が肩肘を張らずに済む様に陰ながら工夫しながら。
しかし。
「その気持ちがもし貴方に届いていなかったというのなら、私達にはそもそもそういう関係を作る事など土台無理な話だったのかもしれませんね」
告げられたのは、諦めの言葉だ。
出来ると思っていた。
否、出来ていると思っていたのに、実際にはただの偶像だったのか。
セシリアは彼女との交流を割と楽しく思っていた。
彼女との友人関係を「良いものだ」と思い始めていた。
だからこそ、落胆は大きい。
「――残念です」
そんな言葉を置き去りにして、セシリアはこの場を後にした。
彼女を止める者は、誰一人として居なかった。
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当該話数の裏話を更新しました。
https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991725454
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