第17話 『例の件』と思惑と
午後2時半頃。
自室でくつろいでいたクレアリンゼの元に、メイドによって娘の帰宅が告げられた。
「あら、早かったのね。あの子の招かれたお茶会は、確か昼過ぎ開始だったでしょう?」
そう問いかける彼女は知っている。
テンドレード侯爵家とこの家の距離は馬車でおよそ20分。
乗り降りを含めれば、少なめに見積もっても2時過ぎには向こうを出た事になる。
貴族のお茶会は、一時間やそこらでは終わらない。
それを加味すれば、どう試算しても帰宅するには早過ぎる。
そう思って視線を向けると、まるでそれを待っていたかのように彼女がこう口を開いた。
「それについて、セシリアお嬢様がご説明とご報告したいと仰っています」
なるほど。
つまり彼女が「これは説明と報告が必要だ」と思う何かが、お茶会の場で起きたという事なのだろう。
ならば、母として取れる選択肢は唯一つである。
「――では、リビングにお茶とお菓子の用意をしてくれるかしら。丁度もうすぐ3時だし、セシリアと2人でお昼のティータイムを楽しむ事にするわ」
そう言って、クレアリンゼはほのほのと微笑を讃えたのだった。
***
母子2人のお茶会で、セシリアはまずここに至るまでの流れを簡単に話して聞かせた。
すると、クレアリンゼは「あらまぁ」と言いながら楽しそうにクスクスと笑う。
そんな両者の間には「セシリアが色々とやらかしてきた」という内容を話した直後とは思えない程の、穏やかな空気が流れていた。
しかしそれは、少なくともこの2人にとっては当然の事である。
何故なら、セシリアは自身の選択に後悔の余地は全く無いし、クレアリンゼも聞いた内容を鑑みて「特に深刻になる必要もない」と判断しているからである。
しかしセシリアの次の言葉が、場の空気感を瞬時に変えた。
「もしかしたら今回の件、少なからず『例の件』に関係しているかもしれません」
「あら、それは……あまり穏やかじゃないお話ね」
そう言いつつも、彼女の瞳には「やはり」という色が灯っている。
彼女は確信していたのだろう、今回動きがあるだろう事を。
そして何よりも、セシリアが必ずその尻尾を掴んで帰ってくるだろう事を。
「その話、詳しくお願いしてもいいかしら?」
クレアリンゼは、持っていたティーカップをソーサーへと戻してからそう言った。
微笑は相変わらず浮かべられているが、その瞳の奥にはシンと静まり返っていた。
そんな彼女にセシリアは「はいお母様」と答えつつ、母に似た微笑を浮かべる。
「私が引っかかりと覚えた事は、テレーサ様が第二王子との婚約を私に打診をしてきた時に言っていた言葉です」
あの時のテレーサ様は、自信満々にこう言ったのだ。
『保守派』が動き始める。
そうすればこの国で『保守派』の間違いなく権威は上がる、と。
そしてその後、テレーサはそこにセシリアを引き込みたい理由として『お友達には利益を分けてあげたいからだ』と答えていた。
確かにそれは、彼女の中では1つの真実だったのだろう。
しかし。
(背後に居る、彼女の操り手。彼らの思惑は他にある)
それは間違いないだろう。
セシリアはあの時そう思ったのである。
「彼らの思惑に乗らなければ計画が頓挫する、そんな影響力は我が伯爵家には無いでしょう。私達が乗るかどうかわからない状況でそんな博打的な計画を派閥ぐるみで遂行するほど、あちらもバカではないでしょうし」
「それは道理ね」
「ですから、おそらくは『こちらが協力すればよりスムーズに事が進む』という思惑があったのだと思います」
セシリアのそんな言葉に、クレアリンゼは少し「ふむ」と考える。
「つまり先方は、私達を『例の件』で使いたがっている、と?」
「はい。おそらくは、交渉を上手く進めるためのカードとして」
クレアリンゼの声に肯首すれば、彼女はまた何かをしきりに考え始めた。
今度は熟考モードのようだ。
それを見留めて、セシリアもまた少し思考を巡らせる。
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