第18話 あの茶葉が齎す情報
今お母様が知りたい事は、おそらく2つ。
向こうが私達に一体何をやらせたかったのかと、彼らの企ての正体だろう。
前者ついては、想像は出来ても確定的な何かを持っている訳ではない。
しかし後者については少しは助けになれるだろう。
セシリアは、自分の持つ情報の有用性を自覚していた。
だから脳内でそれらを少しまとめ上げ、ゆっくりと口を開く。
「私を引き入れようとする理由を尋ねた際、テレーサ様はまず『保守派の理念は知っているか』と私に聞いてきたのです」
セシリアの選んだ末の第一声に、クレアリンゼが熟考を辞めて目の焦点をセシリアへと戻した。
「あらまぁそれは……。また予想以上に有力な情報を釣り上げてきましたね」
驚き、次いで賞賛。
優しい笑みを向けてくれた母親にセシリアは少し嬉しくなった。
しかしここで自身を律する事が出来るのがセシリアの凄い所である。
浮き足立ってはならない。
褒められたからこそ、一層自身の掴んだ情報を伝えねば。
そう思い、自らの佇まいをスッと正す。
そして。
「お茶会で出されたあの紅茶、あれは間違いなく共和国産の茶葉でした」
セシリアはそう、断定づけた。
今の話題に出てきた紅茶はというと、何を隠そうあの残念な紅茶の事だ。
味は確かに悪くなっていたが、あれからは明らかな共和国産の茶葉独特の風味がしていた。
しかもおそらく、元々は上質な茶葉である。
セシリアが加えて母にそう告げると、彼女は「へぇ」と呟いた。
彼女の瞳が確信に満ちた色をした。
そして思わずと言った感じで苦笑する。
「しかし向こうも大胆な事をしたものね。もしかして、まさか『子供に茶葉の産地を当てることなんて出来ない』とでも思っていたのかしら……?」
「もしお母様の予想が当たっているとしたら激しく心外です」
クレアリンゼの言葉に「うんうん」と頷きながら、セシリアは不服そうに口を尖らせる。
「だってあの茶葉は、特に判別が容易な物の一つですし」
それを『分からないだろう』なんて、こちらを舐めているとしか思えない。
それがセシリアの主張であり、同時にクレアリンゼの考えでもあった。
しかしこれは、貴族界の常識とはまた異なる。
普通の子供だったならば、おそらく分からないだろう。
両親の紅茶好きを色濃く受け継ぎ、幼い頃から様々な種類の茶葉を試してきた。
所謂『紅茶の英才教育』を受けて育ったセシリアだからこそ出来る芸当なのである。
そしてクレアリンゼの反応から見ても分かるように、この情報の価値は高い。
何故ならば。
「おかしいですねぇー、テンドレード侯爵は共和国との外交ルートなんてもの、一つも持っていなかった筈なのですが」
口元に蠱惑的な笑みを浮かべながら、クレアリンゼはそう言った。
共和国。
この国内で主にそう呼ばれる国は、1つしか存在しない。
そして現在その国との国交は――断絶しているのである。
7年前までは、国同士の行き来があった。
人々の交流から、物品の輸入・輸出まで。
様々な交流があったのだ。
しかし両国の交友関係に大きなひびが入る事件が起きてから、その様子は一変した。
そして国はまだ、その時の亀裂を修復出来ずにいる。
それにより、大っぴらな人的交流も物品の行き来も今は無い。
行われているのは私的な手紙や細やかな物品のやり取りだけで、市場に高級紅茶の茶葉が出回る事などまずあり得ない。
そして、そんな私的なチャンネルを未だに維持できている人間も数少ない。
そんな中、その数少ないチャンネルを持つ物の1人がクレアリンゼだ。
彼女の社交性とそれによる顔の広さは、国外にまで作用する。
そのお陰で、今となっては共和国との私的なやり取りができる人物と言えば、ヴォルド公爵家のレレナとクレアリンゼくらいなものだ。
両国のトップは、これらのチャンネルがまだ繋がっている事とそこに物品を含めたやり取りがある事を知っていて、あえてこれまで容認してきた。
その理由は、もし万が一王族の連絡ルートが断たれてしまった時のスペアとして利用する為。
「国からすれば、自分達の労力を割く事無く定期的なメンテナンスが行われているスペアパイプですもの。重宝しない筈が無いでしょう?」
とは、昔セシリアがした「それで王族に目を付けられたりはしないのか」という質問に対する回答だ。
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