第11話 届けられたのは、心 ★
サイネリアは、秋から春に掛けて咲くキク科の花だ。
この花には『熱さや寒さに弱い』という、何とも手のかかる弱点がある。
セシリアが5歳の年から、その年に出来上がった温室の中で毎年大切に育てられている。
セシリアは、この花が大好きだ。
去年までは、毎年今の時期なるとよく、温室内に出向いてはその花々を座り込んで眺めていた。
しかし今年はそれも出来ない。
社交が始まるのは冬だ。
参加するためにはそれよりも少し前、つまり秋から王都に移らなければならず、だから今年は蕾が花開く前に出発しなければならなかった。
そして、社交が終わるのは春。
向こうに着いた頃にはもう、花は散ってしまっているだろう。
だから今年は泣く泣く花を鑑賞するのは諦めたのに。
白・黄・ピンク・青・紫。
色とりどりに咲き誇るその花々が、今まさにセシリアの手の内にある。
「よく知るものが近くにある方が、お前も色々落ち着くだろう?」
そんな彼の言葉に、ただ素直に私は頷く。
嬉しい。
とても嬉しい。
でも。
「一体どうやって……」
セシリアはそう呟いた。
領地からこの王都までは、馬車で品物を送っても片道2週間は掛かる。
とてもじゃないが、生花がそんなに持つ筈はない。
しかしいま目の前にあるのは、瑞々しい花に見える。
(鉢植えのまま送ってきた? それでゼルゼンが花束に……いや、流石に冬だって言っても鉢植えが水切れを起こすだろうし、そもそも寒さにやられてダメになる――)
と、そこまで考えて、セシリアは気が付いた。
花の1つ1つが、何か透明な膜のようなもので包み込まれている事に。
「花を育てたのは勿論グリム。花を提案したのもグリムで、アヤとメリアがそれを摘んで、ユンとデントが花のコーティング作業。グリムがラッピング資材を選んで、ノルテノがブーケにしたらしい」
皆の合作なんだとよ。
そう言って、「せい揃いだな」と彼は笑う。
挙げられた名前達は、どれもがよく知る使用人達のものだった。
彼らは皆、ゼルゼンと同じ年から伯爵家の使用人として働き始めた、所謂彼の『同期』というやつであり、セシリアが4歳の頃からの顔見知りだ。
そして、主人と使用人として以上の親交もある。
そんな彼らからの、思いがけない贈り物。
それにまず驚いて、しかしすぐに心が嬉しさにパァーッと染まる。
ゼルゼンが今話してくれた事は、おそらく彼らからの手紙にでも書いてあったのだろう。
つまりゼルゼンが、同期たちのメッセンジャーという事になる。
もしかしたら、ゼルゼンが「最近セシリア大変そうだ」なんて手紙を送ったのかもしれない。
それを受けて皆が動いてくれたのならば、ゼルゼンも十分このプレゼントの企画者の一員だ。
そして彼が教えてくれた向こうの役割分担の向こうには、確かな皆の心遣いが見て取れた。
例えば、アヤとメリア。
仕事の合間にこの2人が花を摘んでくれた言っていたが、他の使用人達の手前、仕事中に作業をする事は出来ないだろう。
否、そもそもあの2人の仕事に対する姿勢は真面目そのものだ。
他の目が無かったとしても仕事を抜け出して作業をするような事は無かっただろう。
となれば、だ。
2人はきっと、わざわざ休憩時間を削って花々を丁寧に選んで摘んでくれたのだろう。
だってどれも、一番綺麗な時期の花々だ。
どうしたって成長速度には個体差があるのだから、そういう選び方をしない限りはこんなに見頃の花ばかりが送られてきたりはしないだろう。
例えば、デントとユン。
この2人は、花の鮮度を保つ為のコーティング作業をしたらしい。
これは確か一昨年に私が行った実験の内の一つだった。
その時にちょうど暇だったデントとグリムを巻き込んでの作業だったのだが、2人はその時の方法をおそらく覚えてくれていたのだろう。
覚書も何も無く、特に興味もなかっただろう。
そんな事を見事に再現してみせたデントは凄いと思う。
それに、だ。
あれは、結構地味な作業が続く。
デントの指示に従ったのだろうという事は分かっていても、元々チマチマとした作業が苦手なあのユンが一緒に作業したというのだから驚きだ。
そうでなくともデントは意外と細かい作業を好む。
そして彼が作業の指示出しをしたのなら、おそらくユンにもその水準を求めただろう。
ユンはとても頑張ったんじゃないだろうか。
例えば、ノルテノ。
彼女は手先が器用だから、彼女のラッピング作業をさせれば間違いない。
しかし。
(ノルテノの事だから、ラッピング資材をどれにするか。きっと悩んじゃったんじゃないかな?)
率先して何かを決断するのが苦手な彼女だ、店頭で悩んだ結果、結局資材を幾つも買ってきてどう組み合わせるかをギリギリまで悩んだのではないだろうか。
そして、偶々そんな彼女を目撃したグリムが見かねて適当な物をひょいひょいと選んだんじゃないだろうか。
(だってグリムがラッピング資材選びだなんて、何だかとてもミスマッチだし)
そもそも彼は、プレゼントするその花の育て主であり今回の発案者でもあるという。
こんな所で役割を担うまでもなく、彼は既にプレゼント計画の一員たり得ているのだ。
そういった事実を見ても、誰かからの指図を受けることを嫌うという彼の性格から考えても、彼が計画参加のためにその役を引き受けたというのは不自然だ。
そう思う考えれば、グリムが後ろから「コレとコレ、それにコレね」と選ぶのを「え、あの」と戸惑いながら受け入れる姿がまるで当たり前のように目に浮かぶ。
無論、これらは全てただの想像でしかない。
でも彼らの事をよく知るセシリアの想像だ、きっとそう遠くもないだろう。
つまりそれは、全員がそれぞれにそれなりの時間と労力を使ってセシリアにこの贈り物を用意してくれたという事であり、それはきっと先程ゼルゼンが教えてくれた通り『おそらく遠くで奮闘しているだろう、セシリアを応援する為』なのだろう。
どうしようもなく、心の奥がポカポカしている。
ふわふわとするこの気持ちを一体どうしたら良いのかは分からないけれど。
でも、とりあえずは。
「……お礼の手紙、書かないとね」
優しくブーケを抱きしめながら、セシリアはへにゃりと笑みを浮かべた。
社交会での完璧な笑顔の面影なんて、どこにも無い。
これは素の彼女の笑顔で。
「はい、これ」
セシリアが普段使う私用便箋を差し出しながら、彼は言う。
その裏で彼が「俺も別で、『めっちゃ喜んでたぞ』って手紙にしたためよう」と思っている事に、夢中で思いを便箋に綴り始めたセシリアは珍しく最後まで気が付かなかった。
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当該話数の裏話を更新しました。
https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991715365
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