第10話 お疲れセシリアと、魔法の品



 セシリアは今、事実としてそういう危うい位置に立っているし、それをきちんと自覚もしている。

 だから勿論、根回し済みだ。


「この件については、以前お父様とお母様にも一度相談したんだけど」


 時期は第2王子が二度目に絡みにやってきた日の夜。

 まだテレーサとの接触はなかった時期だが、それでも彼の接触が続くことで少々派閥のバランスに欠く。

 だから「おそらく次の接触もあるだろう」と踏んだ日に、引き合いに出したのだ。


 そうしたら。


「『好きな様にやってみなさい。そういう噂が実際に流れるのは、お前が比率操作をミスした時か誰かが悪意を持って噂を流した時だろう。が、前者ならばそれはそれでお前の後学になるだろうし、後者なら私達が土産を付けてつっ返してやる』だって」


 そう言った時のお父様の笑顔といったら、それはもう本当に良い笑顔だった。

 セシリアはそう、その時の事を振り返る。


 そしてそれを聞いてゼルゼンが思い出したのは、社交界デビュー当日の朝に「やり返して構わん」の言葉と共にワルターが見せた、あの笑顔だ。


「土産の内容とソイツの行く末を考えると……恐ろしいな」


 真顔でそう言い、思わず瞑目する。



 ワルターが動くのなら、その執事である師・マルクは非常に忙しくなるだろう。

 そう思えば奔走する彼の様が実に簡単に想像できてしまい、彼の苦労に心の中で涙しようとして――「いや待てよ?」と思いとどまった。


「あのマルクさんだ、寧ろ旦那様に全面同意するかもしれない。だってあの人、伯爵家の人達めっちゃ好きだからな」


 彼はきっと、伯爵家の、主人の邪魔をする人に対しては1ミリだって容赦しない。

 そういう人だ。



 彼がそんな事を考えていると、その隣で「はぁ」というため息が聞こえてくる。

 

 見やるとそこには疲れた顔の彼女が居て。


「あぁもうホントに色々と面倒よね、社交会って。貴族の義務でさえなければ、あんなの絶対参加しないのに」


 そう言って、またため息を一つ紅茶に落とした。


「疲れてるな」

「疲れてるよ、何ならゼルゼン変わってよ」

「絶対に嫌」


 明らかに本気じゃない彼女からの要望に即答で応じると、彼女が口をツンと尖らせた。


 疲れている事は分かっていた。

 だって、最近はずっと色々あるしセシリアにしては毎日何かと忙しい。


 特にここ数年は、好きな事に時間を費やしていた彼女である。

 しなければならない事に追われて好きな事が満足に出来ていない現状なんてもの、そもそもセシリアにとってはストレスじゃない筈がない。



 そして、そんな彼女のストレス軽減のための『魔法の品』をゼルゼンは今日この場に持ってきている。


「なぁ、セシリア。この間『あいつら』が俺に荷物を送ってよこしてきたんだけど、その中にこんなものが入っててさ」


 彼はそう言うと、セシリアの前にとある木箱をコトリと置いた。


「お前宛だって」

「私に?」


 丁度両手に乗るくらいの大きさの箱、それに彼女は不思議そうな顔で手を伸ばす。


 指で木箱にスルッと触れて、それから視線で「開けていいの?」と彼に尋ねる。

 そして顎でクイッと煽りながら「良いから開けろ」と暗に告げられたのを見て、やっと彼女は箱の蓋を持ち上げた。



 開いた木箱の中に合ったのは、まず白い緩衝材。

 そしてそれに包まれている、カラフルな色、色、色。


「『初めての社交年で色々と大変だろうから、これを見て少しでも頑張れる様に』っていう事らしい」


 少しぶっきらぼうな口調で、彼はそんな風に言う。



 木箱の中にあったのは、とある花の花束だった。

 

 セシリアもよく知っている、馴染み深いその花の名は。


「……サイネリア」


 セシリアはそう呟きながら、掬い上げるようにして出す。


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