第9話 派閥バランス



 なんて私が思っていると、彼は「はぁ」とため息をつきながらこう言った。


「まぁ取り敢えず気を付けろよ? 分かってると思うけど、周りにある種の憶測をされる様な『比率』になってる」

「――うん、分かってる」


 指摘されて、私は素直に頷いた。


 

 それは私もちょっと気にはなっていた。

 しかし私が言わない内に。まさか彼にそこを触れられるとは思わなかった。


(もしかしたら、マルク辺りから釘を刺されたのかも。……否、自発的に気付いた可能性もあるか)


 社交界デビューまでの間、セシリアもそれなりに頑張ってはきたつもりだが、それでもゼルゼンには及ばないという自覚がセシリアにはある。


 執事としての知識や振る舞いは勿論、社交界について、貴族について、様々なルールについて。

 そういった知識を蓄えた上で応用しなければたどり着けない答えではあるが、逆を言えば応用すればたどり着ける。

  

 と、ここまで思えば何だか彼なら辿り着けるのが至極当然のような気分になってきた。


(本当に、心強い味方よね)


 何だか嬉しくなってしまって思わず口元が綻ぶと、ゼルゼンから「セシリア……?」とジト目を向けられた。

 

「分かってる、ちゃんと真面目に考えるから」


 そんな風に彼を宥めて思考を戻す。



 ゼルゼンが言っているのは、セシリアの近くに頻繁に居る者達の『派閥比率』の事である。


 現在セシリアの近くに度々居るのは第二王子、テレーサ、レガシー、クラウンの4人。

 それば他貴族達もきっと把握しているだろう。


 問題は、その内の3人が『保守派』の人間だという事。

 

(それどころか、1人は神輿ご本人だしね)


 そんなメンバーで周りを固めれば、憶測なんてし放題である。

 そう、例えば。


「『セシリア様は保守派寄り』なんて周りに思われる可能性がある。特に最近立て続けに近付いて来たのがその『神輿』と派閥筆頭の娘だから、猶更」


 そう言えば要らぬ記憶まで引き出してしまい、思わずため息をついてしまう。


 そう、度々やってくる第二王子の事を思い出してしまったのだ。

 対応に困るし正直面倒臭いから本当は来てほしくないのだが、流石に「もう来ないでください」なんて言えない。



 勿論『保守派』だけでははなく、『革新派』のクラウンだって同じ社交場に出れば必ずこちらに顔を出しに来る。


 彼の滞在時間はおよそ10分、毎回他愛もない話をしては去っていく。

 

 そんな彼の背中からは「2人が居るこの場所を決して逃げ場所にはしたくない」という意志と「それでも二人と交流は持ちたい」という気持ちの同居が感じ取れて、セシリア的には好感度が中々高い。


 


 しかし、幾らセシリア的に好感度が高いとはいっても、それが他貴族達にも伝播するかというと残念ながらそんな事は無い。

 最近は少しずつ彼の『活動』の成果も出してきたようで、一時期と比べると彼に対する周りの風当たりは徐々に弱まりつつある。


 しかし、依然として『革新派』としての地位が揺らいでいるのは事実だ。

 そもそも人数的にもポジション的にも対抗馬が強いから、それも相まって尚更、残念ながら彼の威光はセシリアの助けになれていない。


 だから。


「私も、一応そう思われない為の対策は打ってるつもりよ?」


 同じ社交場では、大人達との社交はどちらか一方に偏らないように気を払い、一方子供達の社交場では比較的『革新派』に偏らせる。

 そうして『固定客』の偏った比率を覆い隠す事で、暗に『保守派だけを贔屓にするつもりは無い』とセシリアは暗に主張しているのだ。



 しかしそんな影の努力だって、もしも誰かが「セシリアは『保守派』びいきだ」なんて声高に言い出せば、たったそれだけで揺らいでしまう。

 すぐにでも「遂にオルトガン伯爵家も『保守派』に舵きりか」なんて言われ始める事だろう。


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