お茶会と仕掛け
第1話 嫌な予感
ある日の事だった。
いつもの様に自分宛てに届いた社交場への招待状に目を通していると、その送り主の中によく見知った名前があった。
「――テレーサ様?」
テレーサ・テンドレード。
手紙の差出人名には、その名が刻まれていたのである。
セシリアは家の方針で、個人宛に届いた手紙には自分で返信を行う。
その際、署名はもちろん自身の名前だ。
しかしそれはあくまでも、オルトガン伯爵家内でのルール。
一般貴族家の子女達は、10歳ではまだ自分で返信を書いたりしない。
手紙は相手の手元に現物が残るのだ。
後で書いた内容を撤回するのは難しいので、やはりそこは慎重にならざるを得ない。
そうなれば必然的に子供が書いた手紙に目を通す必要が出てくるが、それを読んで子供に直させるよりは自分で書いてしまった方がよっぽど楽だ。
だから大抵は、親か親に指示された使用人のどちらかが手紙の返信を書く事になる。
そうなれば、署名は必然的に親になるのだ。
しかし。
(何故テレーサ様名義で……?)
封筒を見ながら、そんな風に考える。
他の人と違う事をするのには、必ず何か理由がある。
そう思いながら封筒を開け便箋を開き、私はその内容に目を通した。
最初の方はセオリー通り、時節の挨拶だった。
そしてそれに続くのは案の定、他と同じ様に社交のお誘いである。
しかしその内容に目を通す内に、セシリアはひどく真剣なものに表情を変えていった。
そして、最後まで読み終わった時。
「……ポーラ、お母様に少しお時間を頂けるようにお願いしてきて」
同室に控えていたポーラにそんな風に声をかける。
すると突然のセシリアからの呼びかけにも、彼女はすぐさま「かしこまりました」と頭を下げて部屋を出ていった。
その行動のスムーズさは、おそらく「この展開を予測していたから」という訳ではない。
使用人の年の功が為せる技である。
彼女が出ていき部屋の扉が静かに閉まった後で、この部屋に残されたもう一人の使用人・ゼルゼンがこんな風に口を開いた。
「その手紙に、奥様にお伺いを立てないといけない様な事が何か書かれてたのか?」
頼んでいた代筆作業の手を止めて尋ねた彼に、セシリアは「うん」と応じて手紙を手渡す。
受け取ると、ゼルゼンはすぐさまその内容に目を通し始めた。
そしてみるみる内に顔が険しくなっていく。
彼が最後まで読み終わるのを待っていると、終えた彼が「なるほど、これは」と小さな声で呟いた。
そんな彼に思わず苦笑しながら「何でゼルゼンがそんな顔をしてるの?」と尋ねると、彼は当たり前の様な顔をしてこう即答した。
「また『面倒』に巻き込まれる。その可能性が非常に高いからに決まってる」
「それ、多分私のせいじゃない」
「何を言う、厄介事吸引器のくせに」
私じゃどうしようも出来ない部分でチクリと刺され、私は思わず「そんなの不公平だ」と言って口を尖らせる。
しかしセシリアとて、残念ながらその自覚が皆無という訳ではない。
それに、何よりも。
「言わないでよ。そうじゃなくても何だか無性に嫌な予感がしてるのに」
そう。
明確な理由がある訳ではないのだ。
しかし漠然とした予感も、確かに存在する。
言葉と表情と空気感で暗にそう示したセシリアに、ゼルゼンは躊躇のない深い深いため息を吐いた。
そして、言う。
「いやお前、そこは否定してくれよ」
お前が言うと、何だか的中しそうじゃないか。
自分から言っておいて、彼はまたそんな理不尽な要求をしてきた。
その声に何か反論しようとした、その時だ。
扉が外からノックされる。
「はい」
「ポーラです」
「入りなさい」
セシリアの許可を得て入って来たのは、その言葉の通りポーラだった。
しかし、クレアリンゼの予定伺いに行ったにしては、予想以上に戻りが早い。
(もしかしてお母様、お出かけ中だった……?)
それならこの戻りの早さも頷ける。
今日はクレア凛世に予定は無かった筈である。
が、何か急用が出来たという可能性は十分に存在する事だ。
居ないのならば、使用人に用件を伝言するだけ。
その場で答えを待つ必要が無いからどうしたって戻りは早く――。
「クレアリンゼ様から了承が頂けました。『今すぐお会いになる』との事です」
彼女がもたらしたのは、あまりに予想外の答えだった。
だって、例え今日は外出の予定がないにしても、母にだって予定はある。
だからこういう場合、普通は面会を申し出て「今すぐに」という話にはならないのだ。
今回だって、早く見積もっても今日の夜くらいにはなるだろうと、そんな風に思っていたのに。
(私からすると、確かにありがたい。けど……これはますます嫌な予感がプンプンだ)
そうセシリアは独り言ちる。
しかし結局どんなに警戒したとしてもこの場合、きっと結果は一緒だろう。
ならばモタモタモヤモヤしている時間は非効率でしかない。
だからセシリアは。
「分かったわ、行きましょう」
言いながら、席を立つ。
いつの間に後ろでスタンバイしていたのだろう、私の動きに合わせて椅子が引かれたのでチラリと見やれば、そこにはゼルゼンの姿があった。
それを当たり前のように受け入れ、部屋を出る。
するとこれまた当たり前のようにゼルゼンが後に続いたのだった。
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