第2話 奇抜なお茶会



 母との階段の場所・リビングへと到着したセシリアは、そこで紅茶を嗜んでいる彼女を見つけた。


「突然の話にも関わらずお時間を取っていただきありがとうございます、お母様」


 少し頭を下げながらそう言うと、彼女は朗らかな笑顔と共に「良いのですよ、ちょうど休憩したいと思っていた所でしたし」という言葉を返してくれる。


 そして「それよりも」と告げて、彼女はカップをソーサーに戻した。


「急ぎの用事があったのでしょう?」


 そう言ったのと同時に、彼女の視線がセシリアに着席を促す。


 示されたのは、彼女の向かい側のソファー。

 そこにストンと腰を下ろし、セシリアはまず彼女の様を観察する。



 クレアリンゼが指摘した通り、セシリアは確かにこの件を「急ぎだ」と判断したからこそ、すぐにポーラを走らせた。

 それを、もしかしたらポーラの様子から間接的に察してくれたのかもしれない。


 もしくは。


(私から面会の申し出る事なんて、普段は無いから……)


 そこから察したのかもしれない。



 母とは毎日食卓かティータイムで会うし、昔ならばともかくとして今は父とも夕食だけは共に取る。

 だから世間話程度で済む話ならば、その時にするので十分に事足りる。


 稀に世間話で済まない様な深い話をする事もあるが、その時は大抵両親側から声がかかる。

 だからそもそもセシリアから面会を申し出る機会がない。


 だから私の珍しい行動から急ぎの用事だと察する事はそう難しくはなかっただろう。


「さて、まずは貴方の用件を伺いましょうか」


 クレアリンゼが、ニコリと微笑んでそう言った。

 その言葉にセシリアはピクリと反応する。



 セシリアが引っかかりを覚えたのは、クレアリンゼの「まずは」という言葉だ。

 それは暗に「こちらにもちょうど話がある」という事なのだろう。


 嫌な予感がますます強くなっていく。

 しかしこの場をわざわざ設けてもらって彼女に促された以上「話さない」という選択肢はない。


「――テンドレード侯爵令嬢・テレーサ様から、社交への御招待を頂きました」


 言いながらセシリアが横に手を差し出すと、その上に後ろから一通の手紙が乗せられた。

 先程セシリアがゼルゼンに見せたあの手紙だ。


「この手紙なのですが」


 受け取った手紙を机の上にスイッと差し出しながら、セシリアは言う。


「テンドレード侯爵邸で、どうやら子供だけのお茶会をする様なのです。そちらの集まりに参加しないか、というお誘いなのですが……」


 そんな娘の声を聞きながら、クレアリンゼはその封筒を手に取った。


「署名がテレーサ様のお名前なのね。いつもなの?」


 まずは封筒に書かれた送り主の名を見てそう尋ねながら、中身を開けて目を通し始める。

 そんな彼女にセシリアは首を横に振る。

 

「いいえ。今までに2度過去に私宛のお手紙を頂いていますが、どちらもテンドレード侯爵の署名でした」


 その2回の手紙の内の1回は、彼女と友人関係を結んだ後に届いた物だった。

 だから友人になった事を理由として今回彼女自身の著名に変えた、という事はおそらく無い。


 因みにそのお誘いは、集まる面子に大きな魅力を感じなかった為丁重にお断りしている。

 そしてそれは、今回も似たりよったりだ。

 しかし。


「その署名の意図と、今回のお茶会の主旨。それがどうにも気になるのです」


 セシリアは、抑揚のない声でそう告げる。

 するとちょうど全てに目を通し終わったクレアリンゼが「……なるほど」と言葉を落とした。


「確かにこれでは、まるで『これは娘主催の子供だけのお茶会だ。大人達は、一切の手出しを許さない』とでも言いたげね」

「そうなのです」


 セシリアが引っかかった所に、クレアリンゼもまた似たような引っ掛かりを感じたようだ。

 そんな母に頷いて、セシリアは更に言葉を続ける。


「社交とは大人のもので、子供はあくまでもおまけのようなもの。そういう風潮がある中で、遊びに招くのではなくきちんとしたお茶会形式の集まりを子供だけで行う。これは画期的と表現してもいい趣向でしょう。しかし……」


 テンドレード侯爵家は、元々保守的な考えの家である。

 画期的な趣向を凝らす事はあまり似合わない行いだ。

 

 前回参加を断ったから、もしかしたらどうにかこちらの興味を惹こうと主催してくれたお茶会なのかもしれない。


 しかしそれだけを理由にするにはあまりにも、そう。

 あまりにも――奇抜が過ぎる。


 それほどまでに、貴族の伝統やルールとは重い。



 言葉にはしなかったそれらの思考は、しかし余さず全てクレアリンゼがすくい上げた。

 その上で、彼女は「ふむ」と小さく頷く。



 クレアリンゼは何か考えを纏めているかのようだった。

 邪魔しないようにそれが終わるのを待っていると、やっと彼女が口を開く。


「セシリア、最近あなたの周りを第二王子が訪れると聞いたのだけれど」

「えぇ」


 残念ながらその通りだ。

 幾ら素っ気なくしても、彼は「気にしない」と言わんばかりに毎回絡みにやってくる。

 本当に、『面倒』な事この上ない。


 しかし。


(それが今、一体どう関係するのか。お母様は、何事にも効率を求める。だから、ここでわざわざこの話を出す事に理由が無いとは思えないけど……)


 母の声にそんな疑問を抱きながら、クレアリンゼの質問はまだ続く。


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