第4話 保守派の僥倖 ★



 何の指示もしていなかったというのに、まさかの娘があの家とのつながりを持って帰ってきたという展開。

 肩をパンパンと叩き「よくやった!!」と褒めてやりたい気持ちを『威厳ある父』であるために押し殺し、ノートンはこう言葉を続ける。


「それで、彼女とは仲良く出来そうなのかい?」


そう尋ねれば、テレーサは嬉しそうにはにかんだ。


「セシリア様はとても高潔な方です。先日お話しした際にも『権力を振りかざさず、権力に屈しない』と両親から教えられていると言っていました。私も『侯爵家の人間たる者、むやみに権力を振りかざしてはならない』とずっとお母様に教えられてきましたから、彼女の気持ちにはとても共感できるのです」


そう饒舌に語る娘を前に、ノートンは「そうか」と微笑んだ。

しかしその内心は、必ずしも微笑ましい物ではない。


(なるほど、例に漏れず彼女も『あの家の血筋』という事なのだろう)


 彼は、セシリアの張った防衛線に気が付いた。

 「まだ10歳でそこまで」と思えば、その周到さに思わず感心してしまう。

 しかし、驚きはしない。



 それは既に数年前、あの家の長男との会話の中で感じていた事だった。

 彼女はアレの妹なのだ。

 ならばそういう事が出来ても、決しておかしくは無いだろう。


(そもそも、セシリア嬢にはモンテガーノの息子との間に既にソレらしい噂も立っているしな)


 親や兄姉の入れ知恵があったにしても、だ。

 彼女自身にある程度の技量が無ければ、ああまで相手を追い詰める事は出来ないだろう。


 モンテガーノ侯爵家は敵対派閥の重鎮だ、「よくやった!」とあの時は胸のすく思いだったのだが、あれが自分に降りかかると思うと身震いしたくなる。


 だから。


(……やはり此処は慎重に行くべきだ)


 何かしらのアクションを起こすにしても、彼女の嫌がるような事はしない様に細心の注意を払わねばならない。

 しかし、折角舞い込んだチャンスを今更逃す気なんて無い。


(ふむ……何かいい案は)


 そんな風にノートンは思考を巡らせた。



 まず彼女は、扱いは多少難しいものの、仲間に引き入れさえすればそれだけで強い味方になるカードだ。

 ならば最初からこちらの利になってもらう事を考えるよりも、まずは仲間に引き入れる方法から考えるべきだろう。


 そう、例えば、向こうの望む事の手助けをしてやる事で恩を売る、とか。

 そうすれば相手はこちらに一定の好意を持ち、それをきっかけにして徐々に仲間に引き入れていく。


 想定するのは短期決戦ではなく、長期戦だ。

 こちらの利には、ゆくゆくなってもらえば良い。

 そう、例えば。


(テレーサが大人になった頃に、セシリア嬢経由でオルトガン伯爵家と派閥としての接触を図り、ゆくゆくは派閥を纏める一翼を担ってもらう)


 そうなれば、こちらの利になる事は間違いない。


夫人はもちろん、マリーシア嬢も最近は特にその頭角を現してきていると聞く。

セシリア嬢も既に大人の社交に混ざるという噂だし、その辺の期待は十分に出来そうだ。


(その為には、何としてもテレーサがセシリア嬢とのパイプを強固に保ってくれる必要がある)


 テレーサには家の為に、そして我らが『保守派』の為に働いてもらわねばならない。



 勿論、テレーサの事は可愛い。

 今までただの一度だって、娘を「ただの社交道具だ」なんて思った事は無い。


 しかしそれでも、自分がテンドレード侯爵家の当主であり『保守派筆頭』である事は曲げようもなく、同じように彼女がその娘である事も変えられない事実なのだ。

 だから彼女には、相応の働きをしてもらわねばなるまい。


「セシリア嬢と、良き『友人』関係を作りなさい」

「はい、お父様」


 決して綺麗ではない思考の海に、ノートンは『テレーサ』というカードを投じる。

 しかしテレーサは、そんな父の冷酷さには全くもって気付かなかった。








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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991699745


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