第5話 アリティーの休憩時間



 とある昼下がり。

 この日も執務室で簡易作業を熟していた第二王子は、ふと手を止めてこう言った。


「ちょっと疲れたな、休憩にしよう」


 まだ執務を始めてから1時間弱。

 いつもならばまだ休憩を挟む時間では無い。


 時計を見てその事を確認し、ジェームスは「はぁー」と深いため息をついた。


(殿下が自分から休憩を申し出てくる時は何か気になる事がある時だと、大体相場が決まっている)


 そして今からの頭を占領するのが何なのか、忌々しい事にそんな事は火を見るよりも明らかだ。



 殿下の希望を果たすべく、ペンを机の上の置いて、代わりに手近の呼び出し用ベルをチリンと鳴らす。

 すると2秒後にはコンコンコンというノック音が聞こえて来た。


「お呼びでしょうか? 殿下」

「殿下に休憩用の紅茶を」


 用件伺いに来たメイドに短くそう答えると、「かしこまりました」という声と共に紅茶の準備が始まる。


 こういう時、メイドが紅茶を淹れ終わるまでの間は大抵、両者の間に会話は無い。


 ジェームスは中途半端になった仕事のキリをつける必要があるし、アリティーは凝り固まった肩や腕をうんと伸ばす。

 そんな時間の使い方をするのだ。


 それは今日も変わらない。



 メイドが紅茶を2人に出して、この空間から暇を告げた。


 ジェームスとアリティー、そして空気な護衛騎士。

 ふたたび3人だけのものに残った空間で、アリティーは紅茶で少し口を湿らせる。

 そして何やらとても物憂げでいて温度の高いため息を吐いた。


 そんなため息を彼に吐かせる理由なんて、たった一つだ。

 ホント、忌々しい事に。


 

 そんな事を考えていると、案の定。


「それでジェームス、報告を聞こうか」


 そんな声が聞こえてきたので、カップの湖面から主人の方をチラリと見遣る。



 するとそこには、顔の前で両手の指を組んだ彼が居た。


 実に楽しそうな顔をしている。



 何の報告か。

 そんな事は聞くまでもない。


 もう、ホント。


「……忌々しい」

「ジェームス……?」

「っ! あぁいえすみません」


 思わず心の声が漏れてしまった。

 慌てて取り繕ってから、ジェームスは自身の机の引き出しを引く。

 そしてその奥からとある紙束を出してから、コホンと一つ咳払いをした。


「オルトガン伯爵家の次女・セシリア。彼女の交友関係ですが――」


 紙束をアリティーに渡し、自分はあらかじめ目を通して得た要点をつらつらと挙げる。


 しかし凪いだその声色とは裏腹に、内情は激しく荒れ狂っていた。


(まったく、何故殿下はあんな無礼な女の事をわざわざ気になさるのか)


 この調査だが、実は3日も前には終わっていた。

 それでも3日間も殿下に報告しなかったのは、彼女をすっぱりと忘れていてくれればいいと思ったからだ。


 5つも下の主人相手に、ちょっと心が狭いだろうか。

 しかしそう願ってしまったのだから仕方がない。



 結果として、それは淡い期待に終わった。


 彼は結局セシリアを忘れる事はなかった。

 それどころか、調査を依頼されてから今日までの間、彼は何度も出なくて良いお茶会に出席し、その度にセシリアと接触していたのだから。


 そんな事実を、毎回アリティーに追従して同じく社交場に出ていたジェームスが知らない筈は無い。

 つまり彼の期待は、最初から1%の可能性もないただの願望だったのだ。


(殿下の脳内に居座るなど、実に腹立たしい事だ。そもそも、殿下はあの態度を『無礼などでは無い』と仰ったがそんな事は絶対に無い!)


 そんな風に憤りながら思い出すのは、お茶会でのセシリアだ。


 殿下がわざわざ話し掛けに来てやっているにも拘らず、相変わらず素っ気ないあの女を見ているとどうにも気が立って仕方がない。


 あの女は、一応地位に対する相応の礼儀は取っているものの、それ以外はむしろ「他の人間と大差ない」と言わんばかりの平等さなのだ。


 しかし相手は第二王子殿下である。

 もっと敬い感激して喜んで然るべきだ。

 特別扱いするのが当然だ。

 だというのに。


(礼儀は無駄に弁えているから、大きな声で咎める事ができない。だから一層腹が立つ。本当に小賢しい)

 

 あちらはきっと、こちらが強く咎められないと分かっているのだ。

 分かっていてあんな態度をとっている。

 そうに違いない。


 それを無礼と言わずして、他に何と言えば良いのだろうか。

 少なくともジェームスは、他に言葉を知らない。



 そもそも、あの方の素晴らしさに気が付かないなど、思わず「お前の目は節穴か」と言ってやりたくなる。


 いやまぁ勿論、殿下の才覚は殿下自身が完璧なまでに隠しているのだから、そこに思い至らないのは仕方がないとして、だ。

 それでも他貴族達はちゃんと殿下を敬っているのだから、やはり同じように出来ないあの女の方に欠陥がある事は間違いない。

 


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