第6話 最早、存在意義にも等しい事



 そんな事を色々沸々と考えている内に、セシリアの交友関係についての報告が一通り終わった。

 すると、そんなジェームスの顔色を見て、アリティーが笑う。


「ジェームス、かなり苛立っているね?」


 からかい口調で指摘されて、ジェームスは思わず「しまった」という顔をした。

 どうやら思いの外、感情が顔にダダ漏れてしまっていたらしい。


「……失礼しました」


 そんな風に誤ったが、それは単に殿下にそういう所を見せてしまった事に関してだ。

 セシリアに対する感情は、例え彼に咎められたとしても何一つ変えようがない。


 そしてこういう時の殿下というのはそんなこちらの気持ちさえ察してしまうのだから、抵抗するのも無意味というものだろう。

 だから。


「いえ。ただセシリア嬢の殿下に対する無礼加減を、少し思い出してしまっただけです」


 ジェームスは思っていた事をそのまま口にした。

 すると殿下は「無礼?」と言って首を傾げる。


 そこには「私に心当たりはないけど」という気持ちがありありと見て取れた。

 しかし、あったのだ。

 確かにあったのだから、きちんと言わねばなるまい。


「だってあの方、殿下がわざわざ足を運んでやっているにも関わらず、全く配慮が無いと言いますか……せめてあちらから話題の1つでも出せばいいものを」


 そんな従者の言葉を聞いて、彼はやっと心当たりを見つけたようだ。

 一つ「あぁ」と納得してから「しかし」とすぐに口を開いて。


「確かに他の貴族達は話題を提供してくれるけど、それはただ単に長話でこちらを引き留めて『機会』を狙っているだけだろう?」

 

 そう言って苦笑する。



 王族と仲良くする足掛かりを得る機会。

 自分の娘や自身を王族に売り込む機会。


 そういうものを求めた人間が自分とコンタクトを図りに来ているという事は、ジェームスだって理解していた。

 しかしそれでも彼としては、アリティーに対してきちんと敬う姿勢を取るだけセシリアよりはマシに思える。


 そう思って少し口を尖らせると、その気持ちもどうやらバレてしまったらしい。

 彼はまたクスリと笑って今度はこんな事を言う。


「私はそういう相手よりも、全く媚びてこない彼女の方が好感度はよっぽど高いよ。聞きたくない話を長々とされる事も無いしね」


 聞きたくない話。

 その言葉には、ジェームスは少し勢いを落とさざるを得なかった。


 聞きたくもない話を延々と聞かされながら正しい相槌を返す事は、確かに相当な気力を使う。

 そしてアリティーが「そちらの方がよっぽど良い」というのなら、彼にとってはそうなのだろう。

 

 しかし。


「百歩譲ってそこは良いとしてもですよ、ならばせめてそれが許される立場に身を置いた上でそういう態度を取るべきでしょう」

「……ジェームス、君が言っているのはもしかして『私と仲良くする権利』の事?」

「そうです」


 主人の疑問に、即答でそう応じる。



 そもそも、だ。

 王族直々の恩情を蹴った事にも腹が立つのに、その上であの態度というのがまたジェームスの苛立ちに拍車を掛けている。



 否定の余地もないと言いたげなジェームスは「まぁ私も、それは是非とも受け取って欲しかった所だけど」と一言置いてからこう続ける。


「私は王族から与えらえた権利を敢えて蹴った彼女にむしろ好感を持ったよ。そもそも他と同じ様な女の子には興味無いしね」


 そう言っていい笑顔を浮かべたアリティー。

 その表情は一見するとただの機嫌が良い少年なのだが、そのくせ瞳の奥には有無を言わせない強制力がある。


 

 私は彼女を気に入っている。

 だから、お前はその感情をきちんと飲み込め。


 そんな声が聞こえた気がして、ジェームスは思わず背筋を伸ばした。



 アリティーという人は、良くも悪くも意思が固い。

 本当に譲れない部分では絶対に譲らない。

 だからこうなってしまえば、もうジェームスには成す術がない。

 

 否、そもそも敬愛する主人の言葉だ。

 逆らう選択肢は最初から存在しない。

 何故なら。


(俺は殿下の願いを叶えるための手足、殿下の助けになるためにここに居るんだから)


 これはジェームズにとって、最早存在意義にも等しいものである。

 どうしたって動かせない彼にとっての大前提、それが正にコレなのだ。



 そんな信念のためになら、どんなに気に食わなくとも主人の意図を汲むために動く。

 それを自身の中で再確認していると、それをアリティーの感じたのか。

 軽く頷いてから受け取っていた調査報告書に視線を落とす。


「それにしても、セシリア嬢はあの年で実に精力的に社交を行っている様だね」

「そうですね。老年世代から少年世代、男性から女性までと、満遍なく社交を行っているようですし、話の内容も領地間の情報交換から、場合によっては商談じみた事まで、非常に多岐にわたるようです」


 実際に得た成果は、あくまでも口約束程度のものだ。

 しかし彼女の年齢を考えると例え口約束だとしても大人相手に得たものとしては十分過ぎるし、その上相手が本気で乗り気なのだからまた凄い。


 しかも、だ。

 彼女の成果を纏めたリストの中には、少々気難しい御仁の名前も何人か入っている。

 ジェームスも伯爵家子息の1人だが、例えば「同じ成果をもぎ取って来い」と言われても、おそらく実現は難しいだろう。

 

 

 ――人格面さえ無視すれば、評価せざるを得ない成果だ。

 

 ジェームスをしてそう思わせるくらいには、彼女の成果は素晴らしい。


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