第3話 テンドレード侯爵家の食卓
久しぶりに家族で囲った食卓で、テレーサは雑談の一つとしてつい先日の話を持ち出した。
「先日やっと、セシリア様に話しかける事が出来たのですっ!」
弾む声でそう報告してきた娘を前に、テレーサの父・ノートンは食後のワインを一口飲みながらフフッと笑った。
娘のはしゃぎようが実に可愛らしい。
今まで公爵令嬢として相応しい振る舞いを促し、娘もそれに従ってきた。
だから自身の感情をこんなにも表に出すとは珍しい。
どうやら、よほど嬉しかったと見える。
だから微笑を浮かべながら「そうか、それは何よりだ」と祝福の言葉を送り、その後でやっと思い至った。
「……ん? 『セシリア様』、というと、もしかしてオルトガン伯爵家の末娘の事か?」
思わず聞き流すところだった。
そんな焦りと「まさかこんな所でその名が出るとは思わなかった」という驚きで、一気に背中に汗を掻く。
しかしそんな父親の事になどは気が付かず、テレーサは「えぇ」と言って頷いた。
「以前からずっと、一度彼女と話してみたいと思っていたのですが、やっと夢が叶いました!!」
そんな言葉を皮切りに、その時の彼女がどんなだったかを色々と話してくれるテレーサ。
しかし正直、その言葉の大半は残念ながらノートンの脳みそまで届いていない。
――オルトガン伯爵家。
元々伯爵家ながら頭一つ飛び出た存在ではあったが、当代に変わってからは特に社交的影響力をを増し、伯爵家ながら侯爵家にまで匹敵する程にまでなっている。
そして他国へ侵略し領土を広げようと画策する『革新派』の思想には全く染まらないくせに、いつまでたっても『保守派』に所属しようとしない、そんな面倒な家でもある。
しかし、中立を保つ家は他にもある。
普通ならば派閥の邪魔にならない限りは、正直言ってどうでも良い。
しかしあの家相手となると話は別だ。
(まずあそこの当代当主は王宮の財務部に顔が利く。もしあの家を傘下に入れる事が出来なら、国庫から『保守派』に有利な支出を出す事だって可能になるだろう)
それに、だ。
(あそこの夫人の社交手腕には目を瞠るものがある。もしあれがこちらに加わるだけで大きな戦力増強になる事は間違いない)
勿論それだけの影響力がある家だ、我が『保守派』陣営内にも敵意を持つ人間も一定数は存在する。
が、貴族社会は縦社会だ。
鶴の一声ですぐに静かになるだろう。
そう思ったのだ、数年前に。
だから以前、一度あの家の第一子息にアプローチをかけてみたのだが……結果は、そりゃぁもう散々だった。
こちらに引き入れるどころか、相手の気分を害してしまった。
その上一部始終を目撃した噂スズメたちが社交場でのやり取りを面白おかしく囃し立てたせいで、その後しばらくは、その『良くない噂』に手を焼いた。
あの家を潔癖なまでに邪険にする一定数の輩達を、それまではずっと「大げさだ」と思っていた。
しかしあの時ほど、彼らの気持ちが身にしみて分かった事はない。
アンタッチャブル。
ハイリスク、ハイリターン。
そんな言葉達はきっとあの存在のために存在するのだろうと、本気で思ったものである。
彼らは確かに、取り込めれば心強い。
しかしそれまでの過程で消費する労力と一定割合でやってくるカウンターアタックの事を考えれば、明らかにわりに合わない。
一旦そう思ってしまえば、あの家は昔からそうだったのだろうと分かる。
現当主には、子供の頃に一時期『王族とやりあったらしい』という噂が流れたし、先代当主も前王弟と昔からそりが合わなかったと聞く。
それでも家がここまで存続しているのだから、子供だろうと何だろうと手強くない筈がない。
(歴代の当主にそんな噂があったのだ、何故「息子は簡単に懐柔できる」などと思ったのか、今では疑問で仕方がない)
そんな結論に至り、ノートンはあの家から手を引いた。
それから3年後、彼の妹が社交界デビューした時に巻き起こしたアレコレを聞いて「あれはやはり血筋か」と思ったものだが、まぁつまりそれ以降、あの家に対しては静観を貫いている。
そもそもあの家は、こちらに加わってくれなかったが、あちらに加わる気もないのだ。
だからこの際、あの家が敵にさえ回らなければそれで良い。
そう思っていた訳なのだが。
(これは僥倖と言うべきか)
心の中でそう呟く。
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