第2話 侯爵家子息の矜持 ★



 問いかけてないのに与えられた答えに、レガシーは「憧憬……?」と聞き返した。

 すると彼女の口から「一種の憧れ、というところでしょうか」と言われる。

 

 そんな彼女に説明に、レガシーは何やらストンと腑に落ちたような気持ちになった。



 他貴族から、悪い意味で注目を受ける。

 そんな共通のものがありながら、こうも堂々と在れるものか。


 それは「自分もああ在れればいいのに」という羨望と「僕には無理そうだ」という諦めが綯い交ぜになった、何とも複雑な心境だ。

 もしそれに名前を付けるとしたら、正しく『憧れ』だろう。



 しかしそれは、ほんの少しの悲しみと焦りを孕んだものでもあった。

 そして彼女はそれさえも看破して、その上でこんな風に口を開いた。


「彼と貴方の状況は確かに似ていますが、例えどれだけ現状が似ていてもその根本は異なります。だから比べるのは無意味ですよ」


 セシリアと離しながらも尚、レガシーはクラウンの背から目を離せない。

 そんな彼に、セシリアは「それで構わない」と言わんばかりにただ静かに言葉を続ける。


「貴方はそもそも貴方に落ち度があっての事ではないですが、彼の場合は違います。だから彼と貴方の戦場は別にあるのですよ」


 彼女は決して「戦わなくていい」とは言わなかった。

 ただ事実だけを口にして「焦る必要はない」と言い切る。



 実際に、クラウンが自ら矢面に立ち続けるのは『自分の行動の責任を取る為』だ。

 沢山の視線に晒されても尚それに耐える彼の姿は、例え今すぐには無理だとしてもいずれは周りに彼の中の反省と変化を伝えるだろう。

 


 しかしレガシーの場合は、違う。

 彼は彼の才能を周りが利用しようと近付いた事に起因するのだ。


 そこに必要なのは反省ではなく、例え周りの悪意に曝されても平気なくらいの度胸と処世術を身につけることである。

 そしてその為には自信が持てるような経験と、周りへの発言力を強めるための何かしらの実績、多少の事なら受け流せる様に心を鍛えなければならない。


 今のクラウンのように矢面に立つ事で得られるものは確かに何か、あるかもしれない。

 が、その代わりそれを得た時の彼はきっと傷だらけだ。


 そして何より、クラウンにはそれ以外の方法が無いが、レガシーにはそれがある。

 ならば敢えて荒療治を選ぶ理由もない。


 それがセシリアの主張だった。


「高い塔の頂上へと上がる為には、『階段を一歩ずつ登る』という作業を積み重ねなければなりません。彼にとっての次の階段が『あの場に立つ』という事で、貴方にとっての次の階段は『自分の武器を磨く事』と『自分の苦手を改善していく事』、ただそれだけなのですよ。貴方があの大舞台に立つのはその後でいいのです」


 確かにあそこは目指すべきゴールだ。

 しかし何も一足飛びにあの舞台に立つ必要はない。

 そう言った彼女は、まるで子供を諭す親の様な口調だった。


 しかし不思議だ、同い年の女の子に言われたのに何故か不快には思わない。

 それどころかスゥッと胸に染み込んでいく。



 彼女の主張はおそらく正しい。

 そう思えてならないのは、彼女が言う通りレガシーはまだセシリア以外の人と『普通』に話出来る段階に無いからなのだろう。

 どうしても相手を遠ざけ無意識に警戒してしまうのだ、それこそセシリアと出会ったばかりの時の様に。


 一度セシリアについての情報を集めた際に社交場に紛れ込む事は出来たが、そこに会話は存在しなかったし知的欲求が恐怖に勝ったからこそだ。

 例えば今すぐクラウンと同じ様にあの場に飛び込めと言われた所で、おそらくは冷や汗ドバドバの息絶え絶えだ。


 体が拒否反応を示すほどに、レガシーはもう他人への恐怖をこじらせてしまっているのだ。

 つまり、実質的にも今すぐクラウンのマネをするのは無理なのである。



 心強い『友人』の言葉に背中を押されて、レガシーは僅かに口角を上げる。


「……まぁそれでも、あの背中はちょっと羨ましいけどね」


 その声色には「今はまだ無理だけど、いつかはきっと」という彼の気持ちが籠もっていた。

 そんな彼に、セシリアが言葉を重ねる。


「確かに強い背中です。……あれがきっと、彼の中の『矜持』なのでしょうね」


 自分の中の『傲慢』に気付いて、過去を後悔して。

 それでも残った堂々と立とうとするあの精神は、紛れも無い彼の『矜持』だ。


 その『矜持』が、とても眩しい。


 

 目を細めながら彼を目で追っていると、セシリアは「レガシー様はレガシー様の『最良』を行えばいいのですよ」と言葉を重ねた。

 しかしその後で、誂うようにクスリと笑う。


「まぁ勿論そのための努力はすべきですけどね」

「……ちょっと、俺の余韻を返してよ」


 せっかくちょっとは前向きな気持ちになれたのに、そんなすぐに釘を差しに来るなんてちょっとひどい。

 そんな気持ちになりながら、思わず彼女にジト目を向ける。







 ↓ ↓ ↓

 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991664240


 ↑ ↑ ↑

 こちらからどうぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る