第3話 新たな訪問者、レガシーの悪あがき
そんなやり取りをしていると、ふと人影が視界に入る。
社交場だ、人なんて沢山居る。
しかしそれでもとりわけソレが視界内でその存在を主張している理由(わけ)はといえば、それがこちらに向かってくる人影だったからだ。
ここは社交場の隅っこだ。
普通ならばたまたま通りかかるような場所ではないし、何か用事があるような場所でもない。
そういう場所をわざわざ選んで座っているのだから、それは間違いないだろう。
それでもこちらに来るのだから、その目的は明白だ。
「セシリア嬢、『また』君のお客さんじゃない?」
「またとは何ですか、またとは」
実に面倒そう、かつまるで強調するかの様に「また」という言葉を使ったレガシーに、セシリアは思わず口を尖らせる。
するとそんなセシリアの対応が、どうやらちょっと不服だったらしい。
「『何ですか』って、あれって間違いなくセシリア嬢関連の面倒事でしょ」
面倒事とは人聞きの悪い。
そう言い返してやりたかったセシリアだが、確かに彼のその言葉は的を射たものかもしれなかった。
だから少し言葉に詰まったのだが、どうやら彼は嫌味をチクチクと言う気は特にないらしい。
やや面倒そうな感じは継続中だが、それでも割と軽い口調で「で、誰なの? あの子」と聞いてくる。
「先日お話ししたでしょう? 彼女がテレーサ様ですよ」
そもそも彼女は同年代の子供達の中でもとりわけ目立つ部類に入る。
にも関わらずその彼女を知らないとは、やはり社交不参加の影響は大きいらしい。
彼女の正体をサラリと言うと、彼は何故か「……それって『侯爵家』の?」と聞いてくる。
何故だろう、何かとても嫌そうだ。
「えぇ、そうですが……彼女が嫌いなのですか?」
もしかして、彼女との間に昔何かあったのだろうか。
そんな意図で彼に問えば「嫌っていうか」という呆れた様な声が返ってくる。
「『侯爵家』っていうだけで、子爵家の子息的には十分気が重いんだよ。僕、そろそろ胃に穴でも空いちゃうんじゃないかなぁ……」
遠い目になりながらそんな事を言うレガシーに、セシリアはコテンと首を傾げた。
「何故胃に穴があくなんて話に?」
「だってさぁ、侯爵家子息に第二王子にそれに今度は侯爵令嬢でしょ? ちょっとは毎度毎度部外者の分際でその場に居合わせちゃう僕の身にもなってよ」
「ただその場に居合わせるだけの貴方の、一体どこに胃に穴が開く余地などあるのです?」
「同じ場所に居るってだけでストレスMaxなんだよこっちは」
半ば投げやり気味、というか少し怒ってさえいるその声色は、何故かとても疲れているように思えた。
そんな彼を前にして、セシリアは思わず苦笑する。
「それは流石に拗らせ過ぎでは? 私だって先日、公爵家のエドガー様と少しの間同じ時間を共有しましたけれど、だからといって特別ストレスを受けるという事はありませんでしたよ?」
もし爵位の差でストレスの度合いが変わるのならば、子爵子息の彼が2個上の侯爵家の人間に対してそうであるのと同じように、伯爵令嬢のセシリアは公爵子息のエドガーに対して同じだけのストレスを抱かなければおかしいじゃないか。
それがセシリアがの言い分だ。
しかし実際、セシリアは爵位が上だからという理由でセシリアがストレスを感じるという事は無い。
勿論「社交を行う」というだけで一定のストレスはかかっているが、それは誰が相手でも同じ事だ。
そういう自身の経験があったからこそセシリアは「大げさすぎる」と答えたのだが、返ってきたのは何故か呆れ顔だ。
「世間一般では皆大体僕と同じように思うの。君を基準にしないでくれる?」
君を基準にしちゃったら、誰もがみんな大げさになっちゃうよ。
そう言ってむくれた彼は、最後にこう言った。
「どちらにしろ、僕にとってはストレスなんだよ。だから巻き込まないでくれる?」
ここじゃない場所で話してきてよ。
そんな気持ちが込められたレガシーの言葉は、きちんと彼の意図通りに伝わった。
しかし、その上でセシリアは言う。
「面倒事に巻き込まれるなら一緒ですよ、レガシー様。だって私達、お友達でしょう?」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、からかう様な口調で言われた『お友達』宣言。
普通に言ってくれたなら、少しは嬉しかったかもしれないが。
「これっぽっちも嬉しくないんだけど」
状況が状況だけに全然心に響かない。
「それにきっと、良いリハビリになりますよ。レガシー様も少しは努力をしなければ。つい先程、クラウン様の背中を見て決意を新たにしたんじゃありませんでしたっけ?」
そう言った彼女に向かって腹の底からため息を吐いたのは、タイムリミットを過ぎてしまったからである。
「――セシリア様」
その声は、やってきた少女から発せられたものだった。
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