第4話 再びのテレーサ
ほのほのと笑いながら名前を呼んだ1人の少女にに、セシリアは今まで以上に社交の仮面を深く被り込んだ。
その表情には完璧と言っていいほどの笑顔が灯っている。
「テレーサ様、どうされたのですか? もしかして何か忘れていた事でも?」
先程、テレーサとは一度社交場で挨拶をしている。
その時には特に何かを話し込むという事はなく、いつもと同じように挨拶だけでやり取りが済んでいた。
だからこそのこの問いである。
この時のセシリアの本音は「何の用かは知らないが、面倒を起こすのは辞めてほしい」という事だった。
しかし相手は一応侯爵令嬢だ、伯爵令嬢のセシリアとしては粗相となるような対応は出来ない。
だからこその、この柔らかい微笑みだ。
そしてそんなセシリアからの問いを、やはりと言うべきか。
彼女は額面通りに受け取ってくれたようだった。
特に気分を害した様子もなく、寧ろどこか嬉しそうに「いいえ、そういう訳では無いのです。ただ貴方とお話がしたくて」と言う。
その一言に、セシリアは内心で警戒した。
(もしかして「あの場では出来ないような話をしたい」という事だろうか)
思わずそんな風に勘ぐってしまったのは、先日のテレーサとの事があったからだ。
結局、あの時の彼女の目的は未だに見えていない。
彼女に対して抱いた違和感と警戒心だけがセシリアの中に残ってしまっているのだから、仕方がなかった。
しかしそんな気持ちを知ってか知らずか、彼女はふわりと笑い掛けてくる。
「貴方と、上辺ではないお話をしたかったのです」
その言い方に、セシリアは一層警戒心を強めた。
上辺ではない話。
それはつまり「本音で」という事なのだろうが、今までそんな間柄でもない私達が何故いきなりそんな風に話を出来るだろう。
にも関わらずこちらに本音を強要してまで彼女が私に聞きたい事とは何なのか。
そう思った時である。
私は一つ、彼女の今までと違う所に気が付いたのは。
「テレーサ様、そういえば先程まで一緒にいらっしゃった他の御令嬢方はどこへ?」
そう、テレーサにはいつだって取り巻きが居た。
彼女はいつも、『保守派』陣営の家の子を連れている。
それはセシリアと話をする時は勿論、それ以外でもだ。
社交場に彼女が一人でいる所を、今までセシリアはただの一度も見た事がない。
セシリアのそんな疑問に、彼女は思い出したように「あぁ」と言った。
「彼女達には少し席を外してもらいました。彼女達の前では、どうしたって私は『テンドレード侯爵令嬢』であらねばなりませんから」
浮かんだ笑みは少し困ったような形を作り、そこには誰が見ても明らかなくらい顕著な後ろめたさが見て取れた。
そんな彼女の変化に、セシリアは少し驚く。
セシリアの中のテレーサは、いつだって品のいい笑みを浮かべた子だった。
セシリアが彼女の本心を見通せるのはさておいて、少なくとも彼女はこんな風にあからさまに社交場で感情を表に出すような子ではない。
いつだって、彼女は周りを目を気にしていた。
その理由は簡単だ。
(彼女はいつだって『テンドレード侯爵令嬢』であろうとしていたんだ)
それを今の言葉で察して、そして同時にもう一つ。
(彼女はそれを、多分窮屈に感じている)
だからこそ、わざわざ外野を置いて1人で来た。
そして、今セシリアに本音で話す事を要求している。
そう思えば何だかとってもしっくり来るし、少なくとも今目の前に居る彼女には無理をしたり嘘をついたりしている気配はない。
そして同時に、彼女に少し同情もした。
取り巻き達とテレーサとの関係性は、子供達のコミュニティーというよりは、寧ろ貴族のコミュニティーと言った方が正しい。
彼女たちはあくまでもテレーサに付き従う人間たちだし、テレーサは彼女たちを庇護対象と見做している。
おそらくこれは大人達が誂えた『将来の為の練習場』なのだろうが、そんな場所に四六時中浸っているような状況が、しんどくない筈がない。
セシリアも確かに社交場では『オルトガン伯爵令嬢』として振る舞っている。
しかし彼女には、それと同時にこの場所があるのだ。
レガシーの隣という、比較的ぬるま湯なこの場所が。
例え完全に気を抜くような事はないとはいっても、ホッと一息つける場所があるのと無いのとじゃぁ大きな違いだ。
しかし、同情ばかりもしていられない。
何故なら。
(……なるほど、だから『コレ』なのか)
深いため息を吐きながら、コレと称したものの方向へと視線を向ける。
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