『対等』を所望される
第1話 戦場へと赴く背中
某お茶会会場。
温かな日差しをいつもの様にセシリアと共に木陰で凌いでいたレガシーが、思い出したかのように「あ」と小さく声を上げた。
何だろうと思いながらそちらを見やれば、見知った人がこちらに歩いてきている。
セシリアしか訪問者が居なかったこの場所に、最近時折別の客人が訪れるようになった。
それが彼だ。
「ようこそ、クラウン様」
そう言って彼を招けば、その隣でレガシーが挨拶代わりの手を挙げる。
「邪魔していいか」
「勿論ですよ」
彼がここに来た時には毎回するそのやり取り。
何度もなされているやり取りだ、答えはもう分かっているだろう。
にも関わらず毎回律儀にそう聞いてくるのはこちらへの配慮なのか、まだ拒絶の可能性を拭いきれないのか、それともただの通過儀礼か。
分からないが別に嫌な気持ちになる訳でもない、だから別に是正する気にもならない。
セシリアとレガシーが居れば、毎回彼はやってくる。
しかしずっとここに入り浸るわけではない。
近況報告や他愛もない話をして、大体15分ほどで子供達の社交場へを帰っていく。
その15分の間、彼は一度も座らない。
それがちょっと気になって、以前一度彼に隣を勧めたことがある。
すると彼はちょっと苦笑してこう言った。
「一度座ってしまうと、ここに根を張ってしまう気がしてな」
それはつまり、彼にとってこの場所は決して居心地の悪い場所ではないという事なのだろう。
その瞳には複雑な色が浮かんでいて、彼の中に葛藤が存在している事をセシリアに感じさせた。
だからセシリアは、それ以上無理に着席を勧めはしなかった。
せっかく自分の意志で戦っている彼である、邪魔してしまうのは申し訳ない。
この日も彼は15分ほどで別れの言葉を告げてきた。
「じゃぁ俺は、そろそろ行く」
それはいつもの別れの言葉で、セシリアはいつものように「ではまた」と言って彼に応じる。
レガシーは始まりの時と同じ様に片手を上げ、彼に別れを告げる。
その筈だったのだが、今日は少しだけ変化があった。
「そんなに急ぐ事も無いんじゃない? あっちは、その……今の君にとって居心地の良い所ではないんだろうしさ」
レガシーが、クラウンを引き止めたのだ。
15分の間、会話をするのはセシリアとクラウンだ。
しかし元々喋る方ではないレガシーにもどうやら少なからず慣れというものが存在するようで、回数を追う毎にレガシーも少なからずそこに参加する様になった。
しかしそれでも、彼が積極的にクラウンへと話しかけたのはこれが初めての事である。
その事にセシリアが小さな驚きを抱いている隣で、レガシーは至極真面目な顔で彼の背中を見つめていた。
セシリアが来るまでの間、彼は暇なのだ。
そしてその間の暇つぶしとして誰かを眺める時、どうしたって見知った人間を目で追ってしまう。
以前はセシリアだけだった。
しかし最近はそこにクラウンも加わり、そして気が付いたのだ。
その場に居るだけで周りから何かをコソコソと言われ、まるで腫れ物に触るかのような態度で接している。
そんな彼の現状に。
所詮は他人事だ。
それこそあまり他人に興味のないレガシーにとっては、普通なら正直「助けを求めてこないのだから好きにすればいい」と思っていたかもしれない。
それでも彼にこんな言葉を発したのは、レガシーにとって身につまされる事柄でもあったからだろう。
既に2歩ほど歩きだしていた彼は、しかしそこで足を止めた。
少し驚いた顔でレガシーを見たが、2秒のタイムラグを置いて苦笑する。
「……否、お誘いは嬉しいがやめておこう。これは俺が甘んじて受けないといけない、周りからの『揺り返し』だろうから」
そう言って首を横に振った彼の目にはちゃんと意思が籠もっていた。
善意には善意が、悪意には悪意が返ってくる。
自分が行った事への報いにちゃんと受けなければ、決して前には進めない。
そんな考えが、レガシーにさえありありと見て取れる。
しかしそれでも、表情は冴えない。
向こうでは平気そうにしているが、そもそもあんな態度をされて平気な筈がない。
それを物語るように彼は今、二人の前で傷跡を隠そうとはしていなかった。
その上で、「逃げない、そう自分で決めたのだ」と彼は告げる。
しかしそれでも、どうやら自分を気遣ってくれた彼の言葉は嬉しかったようだった。
「でも、ありがとう」
安堵にも似た笑みを浮かべて、彼は再び歩きだした。
穏やかで優しい音色を残して今度こそ遠ざかっていく背中は、スッと筋が通っていた。
そんな背中から、レガシーはどうしても目を離せない。
何故目が離せないのかは分からない。
言葉にならない。
否、言葉を知らないと言った方が正しいだろうか。
何と表現していいか分からない。
分からないけど、その背中はまるで自分が持ちえない『強さ』を具現化しているかのようには思えた。
そんな彼の気持ちに。
「憧憬、でしょうか」
少女の呟き声が名前をつける。
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