第14話 「待て」する子犬 ★



 実際、ワルターより前の代まではみんな、本当に最低限の貴族の義務しか果たしてなどいなかった。


 社交もそうだが、特にその傾向が顕著だったのが領地経営だ。

 領地経営は通常の領内を幾つかの地区に分け、それぞれに区長を立てる。

 それら区長の手綱を握るのが領主なのだ。


 しかし今代まで、伯爵領は各区長にほぼ全てを丸投げしていた。

 その結果不正の温床となってしまっていた所を、たまたま知識欲が領地経営に向いたワルターが見つけて大幅是正したのだ。


 そういう経緯があって現在の伯爵領は財政が右肩上がりになっているのだが、だからといって何もそれ以前の伯爵領が国内最底辺だった、という訳ではない。

 領地規模に対する領地内収入と領民の生活水準は国内平均くらいのはきちんと保てていたのである。


 そこには確かに「領地経営の腐敗のせいでそもそもの基準が低い」という側面もあるだろう。

 しかし、それとは別に伯爵家には『貴族としての義務を果たせ』という家内ルールが存在した。

 おそらく代々、そのボーダーだけはどうにかして守ってきたのだろう。

 だからこその平均だったのだろうと、セシリアはつい今しがた理解した。

 

 だから。


「もしかすると、その教育方針の真意は「自らの子孫が自身の知識欲におぼれずに過ごせるように」という事だったかもしれません」


 この言葉は、そんな思考があったからこそ出た物だった。


 今の今まで思いもしなかった事ではあったが、一度そう思ってしまえば「意外とそれが真実だったのではないか」とも思える。


「もしそのルールが無かったら「意外ときちんとした『貴族』」には見えていなかったかもしれませんね、今の私は」


 クスリと笑いながらそう言って、セシリアは続けざまにこうも言った。


「セルジアット子爵家も、我が家と少なからず似た性質を持つ一族でしょう? もしかしたら同じような苦労はあるのかもしれません」


 IQが高いせいか、オルトガン伯爵家は様々な事に興味を持ち幅広い知識を追い求める傾向にある。

 分野のより好みは多少あるものの、その守備範囲は広い。

 

 対してセルジアット子爵家は、研究家気質の血が色濃い。

 1つの事に対してとことん掘り下げるのが好きな一点集中型だ。

 


 だから両者は、求めるゴールが違う。

 しかし、求めるものこそ違えど「ついそれに没頭しがち」という一点に於いて、両者は非常に良く似ているのではないか。

 それがセシリアの主張だった。


 そして。


「だからこそ、私達は何かと気が合うのかもしれませんけれど」


 そう言って、セシリアは嬉しそうにふわりと笑う。


 そんな彼女の表情と「気が合う」という言葉を受けて、レガシーは何だかちょっとむず痒くなった。

 しかしそれでも「確かに、それは一理あるのかもしれない」とも思う。


 片や10歳にして社交に参加するほどの外交さを持ち、片や大人は愚か同年代に対しても壁を作る内向さ。

 それでも何故か、馬が合う。

 少なからずレガシーはそう思っているし、セシリアだって度々似たような言葉を口にしている。

 そんな自分達に、我ながら「えらくチグハグな組み合わせだなぁ」と思っていたのだが、その答えが正にソレかもしれなかった。



 そこまでやり取りをすると、2人の間には沈黙が降りた。


 しかしそれは決して重苦しい物などではない。

 この2人の間には度々訪れる、互いに思案する為の時間だ。



 これまでの彼女の言葉を頭の中で整理していると、レガシーは不意に視線を感じた。


 思考のために無意識的に下がっていた視線を上げる。

 すると「待て」指示を出された子犬のような顔をしたセシリアと目が合った。


 何かを聞きたくてウズウズしている。

 そんな様子のセシリアに視線で「何?」と言葉を促せば、許可を得た彼女がやっとこう口を開いた。


「それで、レガシー様はテレーサ様がどんな意図で私に話し掛けて来たのだと思います……?」


 ちょっと困ったような顔になってそう尋ねてきた彼女に、レガシーは思わず「あぁ」という声を漏らした。


 なるほど、どうやらこれが本題だったらしい。

 そう気が付いて、レガシーは腕を組んで少し真面目に考える。


「うーん……『権力には屈しない』っていうセシリア嬢の意図が相手に伝わったかどうかは分からないけど」


 まずはそんな風に前置いてから、彼は自身の考えを口にした。


「もしも相手がそういう系統の悪意とか目的を持ってセシリア嬢の所に来たんなら、やっぱり流石に『自分の策は通じないかもしれない』って思うんじゃない?」


 その言葉は『テレーサがセシリアに悪意や目的を持って近づいてきた訳ではない』と、暗に告げるものだった。

 何故なら、もし『通じないかもしれない』と思えば、それは少なからず焦りに変わる。

 その兆候が彼女の表情に見られなかった以上、そういう気持ちは無かったという事になる。


 彼の感性がテレーサのソレと同じかどうかは分からないが、助言を求めている以上そこを疑うという事は、即ち相談した意味が無い事になる。

 それは流石に、相手に対して失礼だ。


 だから、セシリアは「そうですか……」と言って考え込んだ。







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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991644251


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 こちらからどうぞ。


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