第15話 セシリア、ご乱心


 レガシーの言葉を信じるのなら、彼女に他意は無いという事になる。

 しかしそれでもセシリアは、何故かまだテレーサに対する疑念を拭えない。


 何故なのだろう。

 理由はよく分からないが、しかし何だかとても嫌な予感がするのだ。


「別に明確な何かがあったわけではない。でも何故か、彼女を無条件に信じてはいけない様な気がするのです。それこそ、そう。まるで虫の知らせみたいな……」


 最近、何だか正体不明の違和感が多い気がする。


 それを「気のせいだ」と切り捨てることは簡単だ。

 しかしそれが後々に取り返しのつかない事にもなりかねない。

 そんな危機感が確かにある。


 見ている筈なのに見えていない。

 そんな不思議な感覚と、不安。

 まるで見えない何かにゆるゆると首を絞められているかのような『気持ちの悪さ』が、人知れずセシリアを包み込む。



 それは、少なくともセシリアにとっては深刻な事だった。

 そしてそれは今、本人に微塵も隠す気がない事も助けてそのまま彼女の顔に浮かんでいる。



 そんな彼女の横顔に、レガシーは思わず人差し指で頬を掻いた。


(どうしよう、何か悩んじゃった?)


 来た時よりもよほど難しい顔になってしまった彼女を盗み見て、レガシーは「もしかして自分のせいだろうか」と焦り慌てた。



 何か彼女を元気づける話題は無いだろうか。

 そんな風に思いはするものの、そうでなくとも今まで自分の好きな事ばかりをして生きてきた、コミュ障気味のレガシーだ。

 話題なんてそんなすぐには思い浮かばない。


 それでも頭を捻って脳みそから何かを絞り出そうとすれば、必然的に候補は自分が慣れ親しんだものへと傾く。

 そして。


(……そういえば)


 レガシーは1つ、思い出す。


「セシリア嬢は知ってる? 一昨日オプサー男爵領の鉱山で新種の鉱物が発見されたんだけど、そこで見つかったのが、どうやら『光る石』らしい」

「! 光るのですかっ? 石が?!」


 今までセシリアの頭の中をグルグルとしていたものが全て纏めて吹っ飛んだのが、如実に分かるくらい、彼女の反応は実に顕著で劇的だった。

 勢いよく顔を上げたかと思えば、グイッと一気に距離を詰めてくる。

 そのあまりの俊敏さと目から出る「何だそれは」という圧に、彼は思わず身を引いた。



 今でこそ世間話もする様になったが、最初の方はひたすら『鉱物について』の話ばかりをしていた。

 それは勿論セシリアが他人との会話に不慣れだったレガシーを気遣っての事だったろうが、それでも彼女が楽しげにレガシーの専門的な話を聞いては考察や感想を述べていた事は確かだろう。


 そんな彼女とのやり取りの中でレガシーが気がついた事は「どうやらセシリアは新しい知識や情報、考えなどを好むらしい」という事だ。

 だからこの新情報にも、少なからず食いつくだろうと思ってはいたのだが。


(まさかこれ程だとは)


 反射的に、そう思う。



 ペリドットの瞳を煌めかせる事はあっても、流石に身体的距離を詰めてくる事は今まで無かった。

 だから一層の驚きを抱き、それを隠す事など微塵も出来ていないレガシー。

 こういう時大抵はセシリアがレガシーに配慮するのだが今回は全くの新情報を目の前にぶら下げられた状態だ、劇薬を与えられた今の彼女に容赦の傾向は微塵も見られない。


 それどころか「石が光る、全く想像できません……。何故なんでしょう? レガシー様っ!!」と言いながら更に距離を詰めてくる始末である。



 どうやら彼女は『石が光る』という未知の現象に興味を惹かれたようだ。

 そうは思うが、しかし正直今はそんな事を考えている暇はない。


 何故なら。


(近いっ、距離が近い!)


 近いのでジリと体を後ろに引けば、彼女がそれだけ詰めてくる。


(否、君のために寄ってあげてる訳じゃないんだよ!)

 

 そんな心の悲鳴と共にジリジリと後ろに下がるのだが、口に出していないのだから完全される筈もない。

 彼女はやはり、詰めてくる。


 ならば口に出して抗議すれば良かったのだが、あまりに突然の出来事に気が動転してしまい言葉が出ない。

 急激に顔の温度が上昇していくのを感じるが、正直仕方がないと思う。

 だってこんなに近いんだから。


(誰か助けて……!)


 懸命に目を泳がせれば、セシリアの背景に執事服が見えた。

 何だか経験者特有の余裕と共に微笑ましさのようなものを顔に浮かべる彼に、「そんな事はいいから早く助けて!」と心で念じるが、残念ながら彼は動かない。



 そんな時だった。

 ガシッと両肩が掴まれる。


「それで! それでどうしたのですか? 詳細を早く教えてくださいっ」


 遂に強硬策に出たセシリアに、今度はユサユサと揺さぶられ始める。

 頭がグワングワンするが、正直それどころじゃない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る