第13話 きちんとした『貴族』



 セシリアの子供あるまじき言動や考え方については、以前から度々レガシーも見聞きしてきた。


 例えば社交に対する彼女に姿勢や「済んだ事は済んだ事」と綺麗サッパリと流してしまえるその精神。

 その端々から常に少しずつ感じていて、しかしそれでも今まで上手く言語化出来ていなかった思い。


 その答えが、彼の中で今まさに一つ出る。


「……君は意外と、きちんとした『貴族』なんだね」


 呟くように、導き出した答えがこぼれた。


 今までのレガシーにとって『貴族』という言葉は少し抽象的な言葉だった。


 それは今も、変わらない。

 しかしそれでも彼女を言い表す言葉はこれ以上無い、そんな風に思えたのだ。



 レガシーの言葉に、セシリアは思わずといった感じで首を傾げた。

 その顔にはありありと「どういう意味だろう」という感情が見て取れる。


 そう、おそらく彼女は本当にその自覚がないのだろう。

 だからこそ彼女にはこの言葉の意味が理解できないのだろうし、それが故の『貴族』であるのだとも言える。


「僕と鉱物の事を話せるくらいに詳しいかと思えば、他にも知識に造詣が深い」

「それは単に私の趣味であってーー」

「そうだとしても、だ。それならそれで、程度はあれどどこかしら一辺倒にならないとおかしいんだよ、例えば鉱物関係に傾倒した代わりにその他がてんでダメなように」


 そう、無理なのだ。

 それこそ『そうすべきだ』と強く自分を律する事が出来ない限りは。


 そして、それは普通10歳にも満たない子供にに出来ることではない。


 例えば社交手腕や礼儀作法なんかのセシリア自身がさして興味を抱いていないと思える分野でも、きちんと一定以上の成果が出せている。

 でもそんなの、付け焼き刃でどうにかなる訳がない。

 どれだけ前からその為の準備をしていたのかは分からないが、きちんと自分を律する習慣が既に出来ている事だけは確かだろう。


「君をそこまで駆り立てるものこそが『貴族』なんだなと思ってさ」


 そう言って、レガシーはちょっと呆れたように笑う。


 彼の中ではどういう『貴族』が正しいのかなんて、まだよく分からない。

 しかし少なくともセシリアの中の『貴族』像は、背筋の伸びた堂々とした姿である事だけは確かだろう。

 

 それは彼女の今までから十二分に感じ取れた。

 そしてだからこそ「彼女は『貴族』らしい」と、レガシーは思える。



 きっと言葉足らずだっただろう。

 しかしだからこそ、セシリアはレガシーの言葉と表情を拾って的確な答えを拾い上げた。

  

 君の思う貴族に、君は成れているよ。

 遠回しにそんな言葉を受け取って、まずセシリアは少しくすぐったそうにはにかみながら「私がちゃんと『貴族』で居られているのかどうかは分かりませんが」と前置いた。

 そして面白い議題を見つけたと言わんばかりに目を輝かせる。


「つい一辺倒になってしまいがち、というのは確かにその通りかもしれませんね」


 それは正に、セシリアの好奇心を擽るスイッチが押された瞬間だった。



 セシリアのこの納得の裏にあるのは、何を隠そう『オルトガン伯爵家の血』が持つ知識欲である。


「実は、オルトガン伯爵家には『貴族』であるため心掛けが一つの教育方針として練り込まれてるのですよ。まぁいわゆる家内ルールのようなものですが」

「えー……そんなものが教育方針に……?」


 サラリと告げられた言葉に、レガシーは半ば反射的に苦い顔をした。

 それは先程言った「一辺倒になってしまいがち」というのが、彼自身の事でもあるからなのだろう。

 

 否、「なってしまいがち」というよりも、むしろ「出来ることならそう有りたい」といったところか。

 そんな心情な彼だから「もし嫌なことを好きな事を強いるような家内ルールに縛られたら」と考えて辟易とした声を出してしまうのも、ある意味では仕方がない事と言える。


 そして何より、その気持ちはセシリアもよく分かるのだ。



 何かに秀でている者は、大抵他の何かを半ば無意識的に犠牲にしている。

 そしてそれはオルトガン伯爵家の血を受け継ぐ者達とて例外ではない。


 もし何の制約も無く過ごせば、他の全てを犠牲にしてでも自身の欲求を満たす事を最優先してしまっていただろう。

 そんな事は、想像に難くない。


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