第12話 含まれていないのですよ、ほんの一欠片だって
例えば今回の件なら、別に相手を試すようなマネなどしなくても良かったのだ。
流されるままに返事をし、もし何かがあればその時にまた考えればいい。
ただそれだけの事である。
そうしない時点で、彼女は充分自分から首を突っ込みに行っている。
レガシーには、少なくともそう見えた。
しかも。
「今回だけじゃないよ、君はクラウン様相手にも今回と似たような事をしてるでしょ」
そう言って、レガシーはゼルゼンの肩を持った。
すると彼女は顔で『疑問』の意を返してくる。
そんな彼女を前にして、レガシーは「やはり自覚がないのか君は」と言葉を溢した。
「君が相手に取り合わなければ、あれはおそらく無難に済んだ。そんな事、君なら分かっている筈だろ」
看破できて当たり前。
それくらいには、レガシーはセシリアの事を知っているつもりだった。
そしてそれは、確かにしっかりと的を射ている。
何せ相手は自分よりも爵位が上の人間だ。
対立すれば面倒事に発展するという事くらい、セシリアには容易に察せた事だった。
だからそういう風に言われて、セシリアは彼の言葉の意味を理解すると共に、思わず苦笑してしまった。
「一応アレはあちらが面倒な関わり方をしてきたから、なんですけれど」
そんな小さな呟きに、彼は何かを言おうと口を開く。
しかしそれをセシリアは静かに手を上げる事で制した。
(きっと彼は『それでもスルーする事だって君は出来た筈だ』と言いたいんだろうけど)
そう言われるだろうとは思っていたが、しかしそれでもセシリアがその選択肢を取る事は決して無い。
言葉を止めさせたのは、暗にそう示すためだった。
この話題について、当初セシリアは真面目に答える気が無かった。
そんなに面白い話ではないし、個人的には自分の行動原理について論ずるより彼の話を聞く方がよほど得るものがある。
そう思っていたからだ。
しかしセシリアは、彼の目にまんまと揺り動かされた。
その真剣な瞳の奥に宿る、研究者特有の探究心に。
何が彼にそんな目をさせたのかは、正直言って分からない。
しかし彼が自分の研究対象である鉱物関係以外に対してそういう反応を示したところを、少なくともセシリアは今までに見た事がない。
だからこそ彼女は少し驚き、そして軽くいなすという当初のプランを180度変更した。
「レガシー様の言う通り、もしあの時彼に取り合わなければ確かに無難に過ごせたでしょうね。……しかし、それではダメだったのですよ」
目を伏せて、まるで独り言かのような小ささで告げられたその声に、レガシーは「何故?」と言葉を重ねた。
すると、それに答えて「だって」と口が開かれる。
「あの場で相手の言葉に取り合わない、つまり反論しないという事は、即ち泣き寝入りする事と同義でしょう?」
この言葉には、レガシーもただ素直に頷いた。
確かにそう見られるだろう。
しかし上の貴族に下の貴族が従う事など日常茶飯事なのだから、それは我慢せねばならない。
有り体に言えば、そのくらいは仕方がない。
だってそれほどまでに強大で抗う事が難しい、それが『権力』というものの正体なのだから。
そんな道理を知らない筈がない。
にも関わらず、セシリアは言う。
「それに抗う事は必要不可欠だったですよ」
言いながらゆっくりと上がった彼女の視線には、揺るがない頑強さが見て取れた。
強い意思が篭った瞳。
それは社交の時に見せる思慮深さでも、レガシー相手に見せる優しさでも、先日見せたクラウンへの冷静さでもない。
もっと別の、全く別種のものである。
それを見てレガシーが感じ取れたのは『その行いは彼女にとって譲れないものだったのではないか』という事だった。
そしてその思いは、次の言葉まで肯定される。
「――私が私であるために」
彼女の確信めいたその声色が、レガシーの耳朶を静かに叩く。
そう、静かに叩いたのだ。
しかしそれは、何故だろう。
レガシーの心を激しく揺り動かしてくる。
訴えかけてくる物の正体が明確に籠もった言葉と瞳の奥に秘められた熱だと分かったのは、この時から数えて半年後の事になる。
この時はまだ、何故こんなにも心を揺さぶられたのか分からなかった。
しかし分からないままにそれに当てられて思わず拳を握り込む。
浮かべられた彼女の笑みに、とても不思議な印象を抱いた。
柔和なようで、力強くもある。
そんな相反する2つが見事に同居したのが、今の彼女の姿だった。
「……何故」
そんな彼女にまるで促されでもしたかのように、出す筈のなかった声が口の端から転がり落ちた。
先程の全く同じ文言をそっくりそのまま奏でた声は、最早掠れてさえもいる。
しかしそれでもその声はセシリアの耳にしっかり届き、その答えは紡ぎ出される。
「私はずっと『常にオルトガン伯爵領を背負う者として相応しいふるまいをしなさい』と教えられてきました。そしてその教えの中に『理不尽に泣き寝入りしても良い』というものは――含まれていないのですよ、ほんの一欠片だって」
当然のような顔をして、彼女は不敵に笑ってそこにいる。
しかし、告げられたのはとてもシビアな現実だ。
彼女は「ずっと教えられてきたのだ」と言ったのだ、『常に背負うものとして相応しいふるまいをしなさい』と。
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