第11話 物は言い様
「え、じゃぁセシリア嬢、それでテンドレード侯爵家の第一令嬢とも仲良くなっちゃったの?」
社交を済ませた後の『休憩時間』。
セシリアは例に漏れず、会場隅でレガシーの隣に腰を掛けていた。
相手の意図が分からないので、分かったら教えてほしい。
そういう条件付きでレガシーに話したのは、つい先程行われたばかりのテレーサとの一件だった。
一通りのやり取りについて話をし「どう思います?」と尋ねた所で返ってきたのが呆れ交じりのこの言葉、という訳だ。
「別に『仲良く』と言える程の事はまだ何も無いと思いますが……ほんの少し話をしただけで」
何を呆れているのだろう。
そんな風に思いながら答えば、彼は深い深いため息を吐いた。
「セシリア嬢って一体何なの」
明らかに呆れたため息とその口から繰り出された不躾な言葉に、セシリアは「どういう意味です?」と言葉を返した。
すると彼が「自覚が無いのか」とまたため息をついた。
その上今度はさぞ頭が痛そうに自らの額に手のひらを当ててジト目を向けてくる。
「君はさぁ、何でそんなに高位の家の子達ばっかりをそうホイホイ吸い寄せるんだ……!」
そんな彼の声に、セシリアは思わず目をパチクリとした。
ホイホイ吸い寄せる?
一体何を言っているのか。
どこか責めるようなその色合いに一度はそう思い、しかし遅れて「あぁ」と思わず納得した。
しかし。
「心外ですね、私だって何も好きでそんな物を吸い寄せている訳ではありません」
そう反論せずにはいられない。
そもそもセシリアは面倒事が嫌いなのである。
むしろ避けて通りたい気持ちは山々なのである、なのにあっちが勝手に寄ってくるのだ。
「言うのであればあちらに言ってほしいですね」
口をツンと尖らせながら、セシリアはそんな風に答えてみせる。
するとレガシーは、何だかちょっと変な顔になった。
まるで奇妙なものでも目にしたような、まるで「不可解だ」とでも言いたげな、そんな表情だ。
そんな顔でいじけ顔のセシリアを眺めること数秒後、レガシーはもう今日何度目か分からないため息を付きながらちょっと後ろに仰け反った。
その拍子に自らの後ろについた手が、芝生を踏んでクシャリと鳴る。
「……ねぇゼルゼン。君はコレ、どう思う?」
その声のすぐ先で、執事服の少年がちょっと苦そうな顔で笑った。
そこには「全く自覚の無い子は困る」というレガシーの表情に異議を唱える色は無い。
それどころか、そんな感情を抱いている彼への同情さえ灯っていると言っていい。
レガシーがゼルゼンにわざわざ話を振ったのは「彼ならばおそらくは」と思ったからである。
というのもセシリアが正式にゼルゼンを紹介して以降、セシリアとレガシーの会話にゼルゼンも時折参加するようになった。
2人とゼルゼンの間には歴然とした身分の差がある為、いつもセシリアの求めにゼルゼンが応じる形での会話への参加だったが、それでも2人の交流にゼルゼンが加わったのは確かだ。
その会話の中で、レガシーが気が付いたのだ。
「この2人は主従の関係を維持しつつも、十分に気のおけない間柄である」と。
求められさえすれば、ゼルゼンは主人にきちんと自分の気持ちが言える。
そんな2人の関係性を知っていたからこそ、レガシーは彼に忌憚のない意見を求めて話を振ったのだ。
そんなレガシーの期待を受けて、ゼルゼン「ふむ」と少し考えた。
そしてゆっくりとこう、口を開く。
「……セシリア様は、おそらく『面倒事』を思わず吸い寄せてしまうほどの魅力をお持ちなのでしょう」
「魅力、ね」
その物言いに、レガシーは「物は言い様だ」と笑う。
しかし。
「全く褒められている気がしないのだけれど。ねぇ、ゼルゼン?」
言葉を選んだ物言いに、セシリアはそう言って一層ぶーたれた。
レガシー的には彼の言葉はいい笑いネタだったのだが、当事者であるセシリアはどうやら笑えなかったようである。
笑うレガシーを軽く睨み付けながら、彼女は自分の執事に向かってこんな風に文句を付けた。
「そもそも『面倒事』を吸い寄せて、一体何が嬉しいのです」
ため息交じりに吐き出された、そんな言葉。
その声にレガシーは内心で「じゃぁわざわざ『面倒事』に首を突っ込まなければ良いのに」と独り言ちる。
勿論レガシーだって「私は別に首を突っ込んでいる訳では無い。『面倒』が向こうから勝手にやってくるだけだ」というセシリアの心境が彼女の本音である事は理解している。
しかし、だからこそ性質が悪いのだ。
だってレガシーから見れば、彼女の言動は十分「自分から巻き込まれに行っている」様に見えるのだから。
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