第10話 幸運と、不運と ★



 何の話だ。

 そう告げる瞳は、彼女がソレに全く心当たりの無い事を決定付けていた。

 

 しかし一方でセシリアも、彼女のその反応に心中で思わず首を傾げる。


(彼女のご両親は、彼女にそういう話をしていないのだろうか……?)


 家同士の因縁は、少なからず社交に響く。

 噂に聞く限り、彼女の父親がソレを分かっていない筈はないのだが。


 そんな風に思う一方で、しかし依然として純粋な疑問を抱いてこちらを見つけ続けている彼女に対し、今更「何でもありません」と話題を引っ込める訳にもいかない。

 結局セシリアは、言葉を選んで彼女にこう告げた。


「もう5年程前になりますが、私の兄が社交界デビューした年にテンドレード侯爵に話しかけて頂いた様なのです。しかし『もしかしたら僕のせいでテンドレード侯爵にご迷惑をおかけしてしまったかもしれない』と兄が気にしていたものですから……」


 実際には兄を自陣に取り込もうとした侯爵がキリルの返り討ちにあっただけだが、そういった細部はぼかしておく。


 因みに「キリルが『僕のせいで』と言っていた」というのは完全なる方便だ。

 この一件については王城パーティーへと向かう馬車の中で聞いたのでまだ記憶に新しいが、その時に彼が言っていたのは「可哀想にね」という侯爵への同情くらいなものだった。


 まぁその話を聞いたセシリアも、まるで他人事のような彼の物言いに笑いこそすれ侯爵に対する申し訳無さなど微塵も感じていなかったのだから、間違っても兄の事を非難などできはしないし、する気もないのだが。



 しかしそういった細部やこちらの感情を語らずとも十分だった。

 現にテレーサがセシリアの言葉に一定の理解を示したのは、彼女を見ていればすぐに分かった。

 

 しかし彼女はその上で、一瞬キョトンとした後すぐにクスクスと笑い出す。


「その件については私も父から大まかに聞いていますけれど……それはあくまでもセシリア様の御兄様と、私の父の間の話です。何故それが『私が貴方とお話ししてみたいとは思わない理由』になるのですか?」


 セシリアが見る限り、そう言った彼女の心に嘘はない。

 しかしそれは、少なくともセシリアの常識からは外れた物言いだった。


 だからこそ、今度はセシリアの方がきょとん顔になってしまう。



 オルトガン伯爵家の認識では、家の当主が被った風評被害はそのまま家が被った被害だ。


 そしてたとえそれが自業自得の産物だったとしても相手は家を害した人間であり、その事実は相手に対して警戒心を抱く十分な理由となる。

 そんな相手に、少なくともセシリアは自分から好んで近づきたいとは思えない。


 だって随時気を張っていないといけないような人間の相手など、絶対疲れるに決まっているのだから。


(彼女とは最初から、どうも話の歯車が噛み合っていないような気がしていたけど……もしかしたらそれは、互いが持つそうした常識や認識のズレが原因なのかもしれない)


 そう思いはするもの、その一方でもし彼女が本心からそう思っているのだとしたら、確かに「一度セシリア様と話してみたいと思っていた」という彼女の言葉を否定もできない。


 そしてそんな彼女の気持ちを拒否する理由も、今のセシリアには見つけられなかった。


 だから。


「セシリア様、私とお友達になってはいただけませんか?」


 そんな言葉と共に差し出された小さな右手に、自身の右手を差し出して。


「そうですね。では改めてよろしくお願いいたします、テレーサ様」


 社交の仮面に笑みを貼り付けながらセシリアがそう告げると、テレーサは今日一番の喜色を覗かせながら「えぇ! こちらこそっ!!」と声を弾ませたのだった。


 

 交わされた握手越しにセシリアは、自分よりも確かに一段高いテレーサの温度を感じ取った。


 その温度差を前にして、セシリアはというと。


(……はぁ)


 『最悪』にならなかった幸運と、『最高』にはならなかった不運。

 その両者を自らの胸に抱きながら、内心で諦めのため息をついたのだった。







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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991688659


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