第4話 伊達に10年も兄姉をやってはいない ★


 自らの内に沈み始めたセシリア。

 そんな末妹に、兄姉は目敏く気が付いた。


 そして互いに顔を見合わせて、よく似た苦笑を浮かべあう。



 セシリアが何を考えているのか。

 2人はそれに的確な当たりをつけた。


 そしてその上で、両者共に同じ結論に至る。



 その謎がもし時間さえあれば解ける類のものだとしたら、2人は幾らだって彼女の意識が浮上するのを待っただろう。

 しかし生憎、解けるとは思えない。



 第二王子に対する行動予測については、キリルとマリーシアもセシリアと同じ見解だった。

 だからこそ、思うのだ。


 何かが足りていないのだ、と。



 思考の為の材料が足りないのだから、幾ら考えたところでゴールに辿り着く事はあり得ない。

 だからこの思考は、意味が無い。



 それをアイコンタクトで共有して、それから「それにしても」と未だに思考の海に深く沈んでいる末妹を2人して見遣る。




 両親を含め、オルトガン伯爵家の人間はしばしばこういう風になる事がある。

 しかしセシリア程、瞬間的にそして深く思考の海へと沈む者は居ない。


 彼女の知的好奇心の高さとソレに掛ける集中力は、一族の中でも群を抜く。

 それはもう、同じ血を持つ彼らが呆れる程に。



 そして、だからこそ兄姉は迷宮に迷い込んでしまった妹にこう告げる。


「セシリー。考え事は一旦置いといて、ちょっとこれも食べてみない?」


 先に声を掛けたのはキリル。

 そして。


「こちらの紅茶もいかが? 先日お父様が社交場のお土産に持って帰ってこられた茶葉なのだけれど、とってもセシリー好みだと思うの」


 それに続いたのが、マリーシア。


 彼女が言いながら自身のメイドに目配せすると、その意志を受け取って彼女は指定された茶葉を準備し始める。




 2人はセシリアの兄姉、伊達に10年間も一緒に居ない。


 彼らはこの世で数少ない『両親以上にセシリアを熟知している人物』であり、どう扱えば彼女の気を引けるのかはよく知っている。



 2人の言葉に、案の定セシリアは思考の海から浮上した。



 まずは兄から勧められたクッキーを素直に受け取って口に運び、口内に広がった『予想外』にすぐさま目を白黒させる。


「何ですか、これ。クッキーなのに、甘くないっ!」


 思わずそんな声を上げたセシリアに、キリルは「ふふふっ」と笑ってみせる。


「珍しいだろう? これは他国のお菓子で、練り込んであるのはその国で使われている香辛料なんだってさ」



 ちょっとしたドヤ顔で解説してみせたキリルもまた、初めてこのお菓子に出会った時にはちょうど今のセシリアと同じような感想を抱いていた。


 大小はあれど、未知の物との出会いに好奇心を抱く性質はキリルだって持っている。


 自身が受けた好奇心の奔流を、兄妹の中で人一倍好奇心の強いセシリアが感じない筈が無い。

 そう思っての誘導だったのだが、そんな予想がドンピシャリと嵌った。

 それはセシリアの目を見ればすぐに分かる。


 だから、好奇心で満たされペリドットに煌めくその瞳にキリルは思わず「釣り上げた」と言わんばかりな笑みを浮かべたのだ。


「セシリーは『ヒンドゥ教国』って知ってる?」

「えぇ。南東に位置する、教皇を君主とした国家ですよね?」


 そんな妹の声に、キリルは「正解」と言って頷く。


「その国での食事に香辛料を使った物が多いという事は?」

「勿論それも知っています。しかし、まさかお菓子にまで入れるとは……」


 しかも、そうして出来たお菓子は全く甘みを感じない。

 それは少なくともセシリアにとって『お菓子』の概念を根底から覆す事実だった。



 瞳をキラキラと輝かせながらセシリアはもう一枚クッキーを手に取り、今度はそれを観察するようにして表に裏にとしながら眺める。

 そしてその後でまたそれを口へと運んだ。


「この何とも言えない複雑な味わい、非常に興味深いです。……しかしこの国ではあまり浸透しないでしょうね」


 モグモグと咀嚼しながら、セシリアは自分の顎に手を当てて考え始めた。



 先程とは違う思考の沼に沈み始めてしまった彼女を前にして、キリルは「少し薬が効き過ぎたか」と苦笑をしながら、話のバトンを今度はマリーシアへと渡した。


「これについては『お菓子担当』のマリーシアに改良を任せるのが吉、かな?」

「『お菓子担当』って何ですか」


 兄からの指名に、コロコロと笑うマリーシア。

 しかしその提案自体は、どうやら満更でもないようだ。


「改良したら、セシリー。また味見に付き合ってくれますか?」

「勿論ですっ!」


 姉の頼みに、セシリアは一も二もなく頷いた。

 喜びと先の楽しみにすっかり弾んでしまっているその声に、マリーシアは機嫌良く笑う。


「マリー、勿論僕にも試食させてくれるんだろう?」

「えぇ分かっていますよ、お兄様」


 「忘れてないよね」と言ってきた兄に「忘れていませんよ」とマリーシアが言葉を返した所で、3人の目の前に新しいティーカップが置かれた。



 マリーシアおすすめの茶葉。

 そちらも勿論、新鮮な味で美味しくて。


(社交の副産物がこんな風に自分を楽しませてくれる物ならば、社交もあながち悪い事ばかりじゃない)


 そんな風に思いながら、セシリアは気兼ねのないティータイムを最後まで楽しんだのだった。





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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991669179


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 こちらからどうぞ。

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