第3話 落ちていく思考、沈むセシリア
「あの時の沈黙は『あわよくば』を狙った物でした。正直あんなに上手く行くとは思っていなかったので自分でも驚きましたよ」
何故あの時あんなにすんなりと論議を放棄したのか良く分からないのですが。
そう言った後で「しかし」と言って言葉を続ける。
「あれはあまりにも酷い言葉の歪曲でした。呆れを通り越して少々腹も立ったので、もし彼があそこで『それで良い』と会話を投げなかったとしてもそれなりの抵抗はしたと思います」
『仲良くする権利』を『侍る事の承認』と言う、そんな暴挙が自らに降りかかるのを指を加えて見ている事など出来る筈もない。
『侍る』とは即ち、付き従う事である。
あくまでの対等の意味を含む『仲良くする』とは雲泥の差だ。
そして「王の前でそれを『承認』されている」という事は、即ち「『義務』である
」という事だ。
これに至っては雲泥の差どころか、『権利』とは正反対の言葉になってしまうのだ。
それを彼は「同じような物じゃないか」と言った。
しかしそんなの、冗談じゃない。
そうでなくても第二王子は『面倒』なのだ。
彼が改変した言葉は間違いなく今以上の『面倒』を呼び込む。
そうと分かっていてまさか放っておくこと等、出来る筈が無い。
「まぁとりあえず今回は乗り切れたみたいだね」
「キリルお兄様の言う通り、本当に『とりあえず』ではありますが」
兄が浮かべる苦笑に、セシリアも似たような表情を返す。
するとキリルは、そこから彼女の懸念を感じ取ったようだ。
紅茶のカップをゆっくりソーサーへと着地させながら、こんな風に言葉を続ける。
「彼がこのまま引き下がるなんてそんな都合の良い考えは、まさかしていないんだろう? セシリー」
「そうですね、非常に残念ではありますが」
正に今井大ていた懸念事項を当てられて、セシリアは小さなため息と共に苦笑を深めた。
セシリアが抱いた懸念は、彼が彼女の予想外の言動をした所にある。
セシリアが『権利』に対する辞意を示した後、実は彼が癇癪を起こすだろうと思っていた。
先日の王城パーティーの時の様に、思い通りにならないセシリアに自らの言動が与える周りへの影響を深く考える事などは無く。
しかし実際にはそうはならなかった。
想像と現実のそんな差異に、ふつふつと嫌な予感が湧いてくる。
彼と接触したのは、王城パーティーでの一回きり。
それだけでは些か、彼を評する材料が足りない。
だから社交の場で地道に彼の評価や印象、言動についての話を集めたのだが。
「王子としては二番煎じ。武道も頭脳も、求心力も、その全てにおいて第一王子に劣る、パッとしない人物。言動には些か王族としての自覚が足りず、そのせいで時折我儘さが顔を覗かせる。だからこそ、彼はきっと噛み付いてくると思っていたのですが……」
そんな予想とは裏腹に、彼が実際に取った行動は『簡単に引き下がる事』だった。
それが何とも、面倒事の前触れに見えて仕方がない。
予想を外した理由は何だろう。
考える過程で何かを見誤ったのか。
それとも、そもそも前提が間違っていたか。
まず何かを見誤った可能性について考えた。
しかしあれから丸一日経った今でもまだ、穴を見つけられていない。
ならば前提が間違っていたのだろうか。
そう考え始めた時。
「……あ」
セシリアは、あの時感じた『とある感覚』を思い出した。
透明の薄い膜の様な、本当に微かな違和感。
それは、どう表現したらいいのか分からない、まさしく『違和感』としか言いようがない代物だった。
しかも。
「よく分からないにも関わらず、どこか既視感がある違和感だったんですよね……」
そんな言葉が、セシリアの口からポロリと溢れた。
ソレはとても不思議な感覚だった。
(――あの違和感の正体は、一体何だったのだろうか)
そんな事を考えながら紅茶で口内を軽く湿らせて、自らの思考の中に意識を落とす。
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