第2話 ファインプレーでしたね
食べつくしてしまった既存の味に、新しさを求めたのか。
それとも、自分好みの味を探すよりも作ってしまった方が早いと思ったのか。
どちらが真実なのかは分からないが、どちらにしても彼女は最近新しい洋菓子を考案しては、こうしてたまに家内ティータイムに持ってきて人の反応を窺う様になった。
しかしその成果としては些か出来すぎた美味しさだ。
思いの外美味しかったチーズケーキをまた一口食べては目を輝かせているセシリアと、その様子を嬉しそうに見るマリーシア。
そんな妹2人を眺めながら、キリルもまたフッと笑う。
キリルがお茶会に求めるのは、紅茶でもお菓子でもない。
妹達とは違って紅茶にもお菓子にも執心と言える程の興味は抱いていない。
勿論、紅茶もお菓子も嫌いなわけじゃない。
まぁ強いて言えば付け合せの軽食として提供されるタマゴサンドが好物の1つではあるが、それもそれを食べる目的で毎回いそいそとティータイムに出向く様な彼ではない。
彼が忙しい合間を縫ってこの場にやってくる理由はただ一つ、妹たちとの交流だ。
セシリアが社交界デビューした事もあり最近は特に共に過ごす時間が減ってきていることも相まって、彼にとって兄妹水入らずのこの時間はとても貴重なものになっている。
勿論『妹たちの現状報告を聞いて自身の社交に活かす』という目的もないではないが、それよりも二人の素の表情が見れるこの場がとても彼を和ませてくれていた。
マリーシアは『自らの試作の成果を知りたい』という己の欲求に逆らえず、セシリアは『そうして提示された未知に対する好奇心』に逆らえていない。
そんなあまりに『らしい』2人の様に、キリルは思わず笑みを溢れさせた。
しかし一方でこうも思う。
(ここは一応、セシリアの昨日の言動に関する意見交換をする場であった筈だ。この妹たちの脱線を正せるのは、この場では僕しかいない)
そんな風に思いながら一人頷き、口を開く。
「まぁセシリーの話を聞く限りもうこちらに突っかかってくる意志は無いみたいだし、これでとりあえずクラウン様の件は『解決』で良いかな。……それよりも問題は、第二王子殿下の件じゃない? 接触があったんだろう? 彼と」
そんな兄の言葉にセシリアの視線がやっとケーキから外れ、キリルへと向く。
その目には、小さな驚きが宿っていた。
言っていないのに、何故それを知っているのか。
そう言いたげな彼女の瞳に「殿下がセシリーの所に行ったっていうのはちょっとした噂になってるからね」と答えた。
すると彼女の顔が、ピシッと固まる。
そんな彼女の心境が手に取るように読み取れて、キリルは思わず苦笑した。
そしてこんなフォローを入れてやる。
「大丈夫、『何を話したのか』とかの具体的な話は何も出回ってないから」
そう教えてやれば、彼女はホッとしたような顔になった。
しかしこの反応、その時に殿下と何かがあったのは間違いない。
「で、一体何を話したの?」
「それが……」
キリルの言葉に、セシリアがため息をつきながらその日の一連のやり取りを二人に話して聞かせた。
一通り話を聞いた後、最初に口を開いたのはマリーシアだ。
「アリティー様から『仲良くする権利』の解釈について言質を取れたのはファインプレーでしたね」
姉からの上々な評価に、セシリアは心の底から深く頷いた。
彼が王族の権力を使う可能性は最初からそれなりにあった。
だからセシリアは、最初から警戒していた。
そこに出て来たのが彼のあの言葉だ。
彼の「先日の王族パーティーで、君は『私の近くに侍る事』を王によって承認されたじゃないか」という言葉は、正しく『王族の権力』だ。
王族は貴族よりも一階層上の地位に居る、雲の上の存在。
そんな彼が言葉を歪曲し「王族たる私がそう思っているのだからこれはそういう意味の言葉なのだ」と言う。
するとどうなるか。
通常なら、王族の言葉に貴族は逆らえない。
彼の解釈を「そういう意味で言ったのか」と許容せねばならなくなってしまう。
そんな彼の言葉を彼の方から取り下げさせたという事実は、マリーシアの言う通り正に『ファインプレー』だっただろう。
そしてもう一つ、分かった事がある。
「彼はどうやら頭を使わないタイプのようですね」
でなければ、あんな結論の投げ出し方をしないだろう。
そうでなくとも権力を笠に着る人間相手は面倒なのだ。
それが頭を使うとなれば、どう考えても面倒極まりない。
そんな人間じゃなくて本当に幸運だった。
「それにしてもセシリー、よく王族の言葉を退ける気になったね。まずはその言葉を甘んじて受けておいて後でどうにかする方法も思い付いていたんだろう?」
何も必要に迫られた訳じゃないだろうに。
言外にそう尋ねて来た兄に、セシリアは「そうですね」と肯定しながら笑う。
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