エピローグ【オルトガン伯爵家編】

第1話 好奇心擽るものをお供にして



 ポカポカと暖かな陽気の昼下がり、オルトガン伯爵家の3兄妹は全員揃ってティーテーブルを囲んでいた。



 既に恒例となりつつある、セシリア主催の『3兄妹報告会』。

 兄妹達は今正に、その最中だ。


 議題は、最近のお茶会であった事。

 その議題では、セシリアは報告すべき事に事欠かない自信がある。


「クラウン様の件については、先日個人同士の和解が完全に済みました。侯爵たち大人も特にこちらに接触して何かをしようという動きはありませんし、これで本当に一件落着だと思います」

「こっちの仕掛けたアレコレが本格的に表面化し始めたから、確かにあっちの大人たちは僕達に構ってる暇なんて無いだろうね」


 セシリアの声に応じたのは、最早この会議ではデフォルトになってしまった苦笑を浮かべるキリルだった。

 

 一方、姉のマリーシアはというと、ただ一言「そうですね」とだけ告げた。

 どうやら姉は『クラウンの変化』は興味の外らしい。

 

 しかし一拍置いて「まぁそれもそうか」と納得した。


 というのも、マリーシアはクラウンと直接的に関わった事が無い。


 そんな相手の事だ。

 『セシリアに噛みつかなくなった』という事実さえあれば、彼が成長しようがしまいが、もっと言えばどうなろうとならまいと、大した問題じゃない。

 興味無いというのは、つまりそういう事である。




 そんな姉を眺めていると、「これ、美味しいですよ」という言葉と共にとあるものを差し出された。


 今日の茶菓子の1つ・ベイクドチーズケーキ。

 勧められるままに「ありがとうございます」と答えてソレを受け取り、セシリアは早速一口口へと運ぶ。


 そして、思わず目を丸くした。


「――美味しいです」


 一口食べただけで分かる、新しさ。

 それを前に驚いていると、マリーシアがすかさず「でしょう?」と応じてくる。



 材料となっているチーズそのものの味を、如何に洋菓子として昇華させるか。

 それがこの国におけるチーズケーキの神髄だ。

 だから使うチーズの種類や良し悪しは選ぶが、味を邪魔するフレーバーを混ぜない。

 それがこの国従来のチーズケーキだった。


 しかし。


「この風味……もしかして柑橘、でしょうか?」


 口に手を添えながら『未知の味』を解析し始めるセシリアの瞳には、紛れもない好奇心が灯っている。



 尋ねているにも関わらず視線がマリーシアではなくケーキへと釘付けなのは、彼女が未知に興味津々だからだ。


 3兄妹はみんな揃って好奇心旺盛だが、中でも彼女のソレは群を抜いている。

 それを兄も姉も知っているから、二人もプライベートな時間の今は敢えてそれを指摘しない。



 妹の姿を一目見れば、気に入ったのだろうという事がありありと見て取れた。

 だからだろう、マリーシアは微笑まし気に目を細めながら彼女に頷く。


「えぇ、これは我が領で最近作られた新種の柑橘です。レモンの酸味と蜜柑の甘味を兼ね備えた、食べやすい爽やかさの柑橘。それをチーズケーキに入れてみたのです」


 領地で作られたものを使って既存の物を一新する。

 これはそんな試みなのだ。

 そう彼女は答えたのだった。


 その口ぶりに、セシリアはまた少し驚く。


「このケーキを考案したの、もしかしてマリーお姉様なのですか……?」


 そう尋ねれば、マリーシアはほのほのと微笑みながら「えぇ。これはまだ試作品ですけれど」と答えた。

 そんな彼女を前にして、セシリアは「なるほど」と独り言ちる。



 セシリアは両親の紅茶好きを受け継いでいるが、マリーシアは少し趣向が異なる。

 マリーシアも勿論紅茶は好きなのだが、それ以上にお茶の時間に食べるお菓子の方に執心だ。


 そんな彼女が最近凝っているのが新しい洋菓子の考案なのである。



 以前、セシリアは洋菓子の試作に耽り始めた彼女に「何故自分で作ろうと思ったのか」と一度聞いてみた事がある。


 その時の彼女は「社交界の流行を作る為の作業ですよ」と言って笑った。

 が、あれは十中八九『美味しいお菓子を食べたい』という欲求に素直に従っただけだろうとセシリアは当たりを付けている。


(『社交界の流行を作る』という目的は、確かに彼女の胸の内に秘めているものではあるのだろうけど)


 しかしそれは、あくまでも自分の楽しみの『ついで』でしかないのではないかと思っている。


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