第9話 欲は募って ★


 いつの間にか、侵食してきていた寂しさはどこかへ飛んでいっていた。


 王からの承認事項に対して、自身に与えられた権利の範囲内で事を片付ける。

 王族が一度自分で言った事を引っ込められないと踏んで、躊躇無くそれを利用する。


 一体どこからどこまでが彼女の想定範囲内なのか。

 それは正直測りかねるが、こういう答えを出してくる以上少なからずは想定があったのだろうし、例えば「全てが想定範囲内だ」と言われたとしても特に不思議は感じない。



 どちらにしても、そうやって外堀を埋めて少なくとも表立っては彼女の返答に反論出来ない状況に持ち込んだのは、間違いなく彼女の手腕だ。


 それを「見事」という言葉で称賛する以外、アリティーには他の言葉がない。


(やはり面白いな、彼女は)


 そう思えば、思わず笑みが溢れてしまう。

 そして同時に、彼の内に育っていく。

 

(あぁ、どうしよう。前よりもっと、彼女の事がーー欲しくなった)


 そんな、無自覚に独善的な欲が。



 アリティーは「ふぅ」と小さく息を吐いた。

 そうして一旦今にも溢れ出そうな欲を胸の内に沈めた後に、上から王子としての立場を着込む。


「そう言われてしまえば仕方が無い。本来親交というのは互いに好んで行う物だからな。今回は、出直すとしよう」


 王子らしい余裕の笑みと寛容さを持ってそう答え、彼は颯爽と踵を返した。


 そんな彼の後ろには、ずっと黙って話の経緯を伺っていた御付きの2人が一拍遅れた後に早足で追っていく。


 そんな彼らが去っていくのを、セシリアは変わらぬ笑顔で見送った。

 そして結局レガシーは、またもや終始傍観者としてその場に居合わせただけで終わったのだった。






 一方、丁度セシリア達と他の貴族たちが居る場所の中間地点当たりに差し掛かったところで、アリティーに付いている2人の内の片割れ・ランバルトが小声で主人にこう訪ねた。


「良いんですか? 殿下。楽しみにしていたのに」


 そんな従順騎士の言葉を聞いて、アリティーは思わずといった感じでクスリと笑う。


「良いんだ。時間はまだまだあるのだし、楽しみが出来たと思えばいい」

「そうですか」


 アリティーの言葉にすんなりとそう応じたのは、ランバルトの気質が故だろう。


 彼は本心から「殿下が良いならそれでいい」と思っている。

 食い下がらないから面倒臭くなくていい。

 そんなアリティーのお気に入りポイントが顕著に現れた形だ。


 

 予想外なセシリアの反応。

 楽しみがまだ残っているという事実。

 そして、ランバルトの聞き分けの良さ。


 その全てに上機嫌になっているアリティーだったが、対するジェームスはそれだけでは終わらなかった。


「次はどういう手を打つ予定なのですか? 殿下」


 ランバルトは聞き分けが良く自分の仕事を全うする事だけに注力するところをアリティーに気に入られた。

 そしてジェームスは、アリティーの腹心のコマである事を求められて彼の隣に席をおいている。


 彼にとってこの問いは、自ら彼の手足になるという意思の現れであり、そのための手段でもあるのだ。


「あの様子じゃぁ、真正面から行ってもダメだろうね」


 役割に忠実な『犬』を前に、アリティーはフッと笑った。

 そして。


「とりあえずは『外堀を埋める』のが良いんじゃないかな」


 笑顔のまま、事も無げに彼は言う。



 それはまるで、出来ると信じて疑っていないような口調だった。

 そしてそんな彼の軽くて重い期待を受けて、ジェームスはほくそ笑む。


「なるほど、かしこまりました」


 その声は、ひどく自身に満ちたものだった。





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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816452219511476185


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