第8話 仲良くする権利 



 先程までの攻防は何だったのか。

 そう思えるくらい、今度は素直に彼女の顔がスッと上がった。


 口元に微笑を湛える彼女の、まるで陽の光を浴びた時のビー玉のようなペリドットがアリティーの目と真っ直ぐにかち合う。



 あの日と同じ、何物をも見通す透き通った瞳。

 王城パーティーからずっと見たかった思慮深さを秘めた瞳がそこにはあった。


 その瞳が微笑みながら、彼に言う。

 

「それで殿下、こんな会場の端までご足労頂いた理由をそろそろお伺いしてもよろしいでしょうか」


 彼女の微笑みから『期待』が見える様な気がして、アリティーの気持ちの高揚具合が更に一段階引き上げられる。

 そしてそれが彼の中に更なる誤認を生む事になった。


(そうか、彼女が先程私の所に挨拶に来なかったのは私に挨拶に来てほしかったからなのか。だからこうして、理由を聞く。理由を聞くのは、遠回しに「どうしてすぐに来てくれなかったのか」と言いたいんだろう)


 それは、もはや妄想じみた虚言に近い。

 それこそ彼が「世界はすべて自分の思い通りになる」と信じて疑わないからこその考えだ。


 そしてそれが故に、彼は残念ながら自分の思い違いには気付けない。

 

 

 私は彼女と話したくて、彼女も私と話したがっている。

 それなら話は簡単だ。


 何故なら。


(彼女の望みは、私の望みなのだから)


 だからただ平然と、こう告げる。 


「なに、別に理由という程の大げさなものは何も無い。ただ、せっかく『偶然』会えたんだ。挨拶と、それから親交を深めるいい機会だと思ってな」


 こちらから許容し、入口を開けた。

 ここまでくれば、後はそこから相手が入ってくるのを待っているだけでーー。


「殿下と親交を深める等と、恐れ多い事です」


 せっかく開けた入り口の前で、彼女は首を横に振った。

 

 その事に、アリティーはほんの一瞬キョトンとする。

 しかしすぐに我に返り、笑顔を取り戻した。


「何を言う、これからの事を考えれば親交を深める事は互いにとって必要な事だろう」


 謙虚な事だ。

 そう思って言葉を紡げば、彼女はニコリと微笑んだ。


 その笑みは、アリティーを安心させる効果を生んだ。


(そうか、やっぱり君も私と同じ気持ちなんだな)


 この笑みが肯定だと、彼は信じて疑わない。

 そんなアリティーの心には、今正に嬉しさが止めどなく込み上げてきている。



 結局、全ては自分の思い通りになるのだ。

 もう全ては思い通りの一歩手前、そう思えば一種の達成感が芽生える。

 

 しかし同時に、ほんの少し寂しさのようなものを感じてもいた。


 

 自分の欲しいモノが、もうすぐ手に入る。

 ソレは嬉しいのだ。

 しかしすんなりと済んだ『思い通り』は、彼にとってはもう過去の産物でしかない。


 終わってしまった楽しみに、どこか物足りなさを感じた。



 こんなにも簡単に手に入ってしまうものか。

 そんな風に心中で呟いた、その時だ。


「それが殿下から頂いた『仲良くする権利』の事なのであれば、私には過ぎた話です。丁重にお断りをさせていただきたく存じます」


 そんな声が、アリティーの耳朶をやはり優しく撫でたのだった。



 その言葉に、アリティーは自身の耳を疑った。


「うん?」


 疑問形になった、本来は肯定の筈の言葉。

 しかしその声を、セシリアは「意味を問うための言葉だ」とどうやら的確に受け取ったらしい。


 彼女はゆっくりと、口を開く。


「先程私は、王の前で承認されたのはあくまでも私が殿下と仲良くするための『権利』だと答えました。そして殿下は、『それで良い』とおっしゃいました」


 それはつまり、それが確かに『権利』だったとアリティーが認めたことに他ならない。


「私が頂いたのが『権利』であるのなら、そこにはお断りをする権利も当然存在するのでしょう?」


 まるで氷上を滑るようにそう告げられて、ここでやっとアリティーは自身の再起動に成功した。

 そして、考える。



 否定したい。

 しらばっくれたい。


 しかし、だ。


(つい先程、確かに私は「それで良い」と言ってしまった)


 あまりに間近すぎて、流石に言い逃れできない。


 ……否、本当は言い張ればできなくもない。

 が。


(それは王族としてのプライドが許さない)


 そんな風に、独り言ちる。


 

 一度口に出した事を舌の根も乾かない内に覆す事はとても恥ずかしい事。

 権力者はいつだって堂々としているべきで、そういった姑息な手は弱い者が使うものだ。


 少なくともこの国の権力者達にはそんな共通認識がある。 

 だから自分の気持ちを優先して彼女の逃げ道を塞ぎ直す事は出来ない。



 しかし、それにしても。


(驚いた)


 まさか王が与えた『王族と仲良くする権利』を拒否する者が居ようとは夢にも思っていなかった。


 だって、滅多に無い王族との繋がりを得るチャンスだ。

 喜んでその『権利』を行使するのが普通だ。

 それなのに。


(……まったく、一体どこまで想定してたのか)


 微笑みの向う側にある思慮深さを確かに感じ取りながら、アリティーは心の中でフッと笑う。


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